26_覚醒の足音
アメリカ遠征から帰国したころには、冬の気配がすっかり日本を包んでいた。
世界の舞台で敗れたタケシバオーは、静かに厩舎へ戻ってきた。
ワシントンD.C.インターナショナルでの結果は、八頭立ての八着。惨敗だった。
だが、陣営の表情に沈鬱さは長く残らなかった。
むしろ、どこか吹っ切れたような空気があった。
世界との差は、はっきり見えた。
そして同時に、戦えない相手ではないことも、感じていた。
帰国後、日本の競馬界はすでに年末の大一番へ向けて動いていた。
有馬記念。
そのファン投票の結果が発表されたとき、タケシバオーの名前は三番目にあった。
一位は
アサカオー。
秋のクラシック、
**菊花賞**を制した馬である。
二位は
マーチス。
皐月賞馬であり、春の主役の一頭だった。
そして三位。
タケシバオー。
三強と呼ばれた三頭が、ここでも並んだ。
だが、タケシバオーはこのレースを回避した。
長距離遠征の疲労もあり、
無理をさせる必要はないという判断だった。
年末、タケシバオーは静かに一戦だけ走った。
騎手には新しく
**古山良司**が迎えられた。
舞台はオープン戦。
レースは、少し意外な形になった。
スタートで出遅れたのである。
タケシバオーは後方からの競馬になった。
古山は驚いた。
この馬は本来、前で競馬を作るタイプと思われていたからだ。
だが、馬は落ち着いていた。
向こう正面。
古山はじっと我慢した。
そして直線。
タケシバオーが動いた。
そのときだった。
古山の体に、奇妙な感覚が伝わってきた。
「……大きい」
思わずそう感じた。
ストライドだった。
一完歩が、とてつもなく長い。
芝を掻き込むというより、地面の上を滑るように前へ出る。
古山は驚いた。
これほど大きなストライドの馬は、あまり乗ったことがない。
タケシバオーはぐんぐん伸びた。
しかし。
差は、わずかに届かなかった。
二着。
勝利こそ逃したが、内容は悪くなかった。
レース後、古山は言った。
「驚きました」
厩舎の関係者が顔を見る。
古山は続けた。
「ストライドが、とにかく大きい」
少し笑う。
「乗っていて面白い馬です」
調教師の
**三井末太郎**は、静かにうなずいた。
敗戦だった。
だが、収穫はあった。
こうしてタケシバオーの一年は終わった。
振り返ってみれば、不思議な一年だった。
春。
**4月のオープン戦**以降——
勝利がなかった。
スプリングステークス。
皐月賞。
NHK杯。
日本ダービー。
すべて敗戦。
それでも、タケシバオーの名声は落ちなかった。
それほど、内容のあるレースをしていたのである。
一方、この年の競馬界では、
三強の明暗が少しずつ分かれていった。
アサカオー。
この馬は秋の菊花賞を制した。
そして、年度代表馬にも選ばれた。
だが、この選出には議論もあった。
なぜなら——
この年、圧倒的なレースをした馬がいたからである。
ヒカルタカイ。
**天皇賞(春)**を十八馬身差。
さらに
**宝塚記念**をレコード勝ち。
内容だけ見れば、
年度代表馬に最も近い成績だった。
しかし、選ばれたのはアサカオーだった。
クラシック勝利の重み。
それが、最後にものを言った。
もっとも——
さらに奇妙なこともあった。
最優秀四歳牡馬に選ばれたのは、アサカオーではなかった。
皐月賞馬のマーチスだったのである。
競馬の評価とは、ときに複雑なものである。
こうして振り返ると、
三強と呼ばれた三頭ではあったが——
結果には、微妙な差が生まれていた。
アサカオーはクラシック馬となり、年度代表馬。
マーチスは最優秀四歳牡馬。
そしてタケシバオーは——
そのどちらにも届かなかった。
三強。
確かにそう呼ばれた世代だった。
だが一年を終えてみると、三頭の間には、どこか目に見えない差がついていたのである。
しかし、その差は、まだ決定的なものではなかった。
タケシバオーは、まだ若かった。
そして——
この馬の物語は、まだ終わっていなかった。
そろそろタケシバオーの物語も終盤になりました。
次はどんな競走馬の物語を綴りましょうか。悩みます。
それと描くための燃料を下さい。
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