21_東京優駿(1968) ー前編ー
昭和四十三年、七月七日。
空は高く、夏の光が関東平野を照らしていた。
その日、**東京競馬場**には、朝から人の波が押し寄せていた。
駅を降りると、もう人の流れが出来ている。
帽子をかぶった男たち、腕を組んだ競馬好き、新聞を広げながら歩く若者。
皆、同じ場所へ向かっている。
**東京優駿**。
日本ダービーである。
この年のダービーは、いつもと違った。
本来なら五月に行われるレースが、競馬場改修のため七月にずれ込んだ。
人々は、それをこう呼んだ。
**七夕ダービー。**
夏のダービー。
それだけでも珍しい。
だが、この年の興奮はそれだけではなかった。
三頭の馬がいた。
野武士タケシバオー
皐月賞馬マーチス
そして貴公子アサカオー
春の重賞は、この三頭がほとんど独占していた。
勝ったり負けたりしながら、互いの力を確かめ合う。
三強。
いつのまにか、新聞はそう書くようになっていた。
どの馬が一番強いのか。答えは、まだ出ていない。
それを決めるのが、今日のダービーだった。
スタンドは満員だった。
人の熱気が、夏の空気をさらに重くする。
記者席でも声が飛び交っていた。
「今年のダービーはすごいぞ」
「三強決戦だ」
「どれが勝つ?」
「タケシバオーだろう」
「いや、マーチスだ」
「アサカオーも怖い」
議論は尽きない。
そのころ、馬たちは地下馬道を通ってパドックへ向かっていた。
タケシバオー。
アサカオー。
マーチス。
そして、もう一頭。
**タニノハローモア**。
人気はなかった。
九番人気。
八連敗中の馬である。
新聞の印も、ほとんどついていない。だが、ハローモアの目は鋭かった。
鞍上は静かに手綱を握る。作戦は、もう決まっていた。
逃げる。
それだけだった。
一方、タケシバオーの陣営は静かだった。
これまで何度も惜敗してきた。
弥生賞、スプリングS、皐月賞、NHK杯。
すべて二着。
だが、力は疑われていない。
ダービーのゲートが近づくにつれ、
スタンドのざわめきは大きくなっていった。
やがて、ファンファーレ。
東京競馬場の空に、あの旋律が響いた。
観客が一斉に立ち上がる。
十数頭の三歳馬が、ゆっくりとゲートへ向かう。
誰もが思っていた。
このレースは、三強の戦いだ。
そして——
その予想は、レース開始から覆される。
スターターの旗が振られた。
話の区切り方が難しかったので4話で構成して、本日中には全てupします。




