表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血統ー蹄の記憶ー  作者: あいまいもこ
初めて怪物の異名を冠された馬

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/31

19_連敗

雨は、まだ東京に残っていた。


春の終わりにしては冷たい風が、

**東京競馬場**のスタンドを吹き抜けていく。


皐月賞が終わり、三歳馬の戦いは次の段階へ進んでいた。


ダービーへ向かう最後の試金石——

NHK杯。


ここでも、主役はあの二頭だった。


野武士タケシバオー。


皐月賞馬マーチス。


三強の一角、

**アサカオー**は別路線を歩んでいたが、世間の目は、やはりこの二頭に集まっていた。


だが、空気は皐月賞の前とは違っていた。


タケシバオーは、勝てていない。


弥生賞。

スプリングステークス。

皐月賞。


そしてこの日。


雨の残る重馬場の中で、タケシバオーは逃げた。


いつもの競馬だった。


向こう正面で先頭。

三コーナーでも先頭。


直線へ向いたときも、まだ先頭にいた。


だが——


その後ろに、影がいた。


マーチス。


鞍上の**保田隆芳**は、慌てない。


じっと構えている。


残り二百メートル。


マーチスが外へ出た。


一完歩ごとに差が詰まる。


そして、並ぶ。


さらに半馬身。


ゴール板。


結果は明白だった。


一着、マーチス。

二着、タケシバオー。


その差、一馬身半。


スタンドの歓声は大きかったが、どこか落ち着いたものでもあった。


——やはりマーチスか。


そんな空気が漂っていた。


そのころ、ある男は静かな部屋で新聞を読んでいた。


タケシバオーの馬主、

**小畑正雄**である。


机の上には、専門紙が何部も積まれている。

それもそのはずだった。


小畑は、ただの馬主ではない。


競馬専門紙の社長でもあった。


競馬を書く側であり、同時に競馬を作る側でもある。

彼は長い間、競馬界のことを考えてきた。


どうすれば競馬が盛り上がるのか。


どうすれば人が競馬場へ来るのか。


その答えの一つが——


スターである。


人は、強い馬を見に来る。スターを見たいのだ。


そしてタケシバオーは、まさにその存在だった。

だから小畑は、ずっと言い続けてきた。


タケシバオーは強い、と。


専門紙の紙面でも、

評論でも、

記者たちの前でも。


本命はタケシバオー。


その言葉を、何度も繰り返してきた。

しかし現実は、どうだろう。


弥生賞 二着。

スプリングS 二着。

皐月賞 二着。

NHK杯 二着。


惜敗が続く。


負けているわけではない。

だが、勝っていない。


小畑は、新聞を畳んだ。


窓の外を見る。


東京の空は、まだ曇っていた。


彼は、静かに言った。


「……運か」


競馬には、運がある。


それを小畑は、誰よりも知っている。


強いだけでは勝てない。


展開。

馬場。

位置取り。


ほんの少しの違いが、勝敗を分ける。


だが——


それでも思う。


タケシバオーは、強い。


あの馬は、まだ終わっていない。


小畑は煙草に火をつけた。


煙がゆっくり上がる。


部屋の中は静かだった。


やがて、彼はつぶやいた。


「次だ」


ダービー。


東京優駿。


三歳馬にとって、ただ一度しか走れないレース。


ここで勝てば、歴史に残る。


負ければ、ただの一頭になる。


タケシバオーは、ここで勝てるのか。


小畑は、もう一度新聞を開いた。


紙面には、大きく三頭の名前が並んでいる。


タケシバオー。

マーチス。

アサカオー。


人々は、この三頭の戦いを待っている。


小畑は、煙を吐いた。


そして、静かに言った。


「今度こそだ」


東京競馬場の芝は、まだ湿っている。


だが数日後——


そこに、日本中の視線が集まる。


三強が、再び顔を揃える。


日本ダービー。


競馬という国の、

一年で最も長い一日が、近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ