14_朝日杯三歳ステークス(1967)ー後半ー
スターターの旗が振られた。
ゲートが開く。
一瞬の静寂が破れた。
**タケシバオーが飛び出した。**
速い。
小さなころから変わらない。
スタートの良さは、この馬の武器である。
中野渡清一は、ほとんど何もしていない。
馬が、自分で行く。
「やっぱり行った!」
スタンドから声が上がる。
タケシバオーは軽い脚で先行争いに前へ出る。
「行った! 行った!」
「タケシバだ!」
二番手に数頭。
その後ろに、ヤマトダケ。
さらにその外に——
**アサカオー。**
一団は最初のコーナーへ向かう。
タケシバオーは軽い脚で飛ばす。
芝を蹴る音が小気味よい。
実況の声が響く。
「先頭はタケシバオー!」
「タケシバオーが行きます!」
観客席から声が飛ぶ。
「逃げろ!」
「そのままだ!」
タケシバオーの鞍上、中野渡は後ろを振り返らない。
ただリズムよく走らせている。
記者席で男が言った。
「速いな」
もう一人が答える。
「だが、まだ早い」
向こう正面。
ヤマトダケが、じわりと差を詰めてくる。
加賀武見は静かだ。
じっと前を見て、馬の手応えを確かめている。
無理はしない。
だが、離れすぎない位置を取る。
観客席から声が飛ぶ。
「武見だ!」
「行け!」
さらにその後ろ。
**アサカオー。**
落ち着いている。
慌てる様子はない。
記者席の男が言った。
「予定通りだな」
もう一人が言う。
「タケシバが先行した」
二コーナー。
タケシバオーは、すでに二馬身ほど前。
小さなころから変わらない。
群れのリーダーは譲らない。
それだけである。
中野渡は手綱を抑えている。
だが馬は止まらない。
軽い。
脚の回転が速い。
騎手たちは、まだ動かない。
三井末太郎は、スタンド下から馬場を見ていた。
腕を組んだまま。
厩務員が横で言う。
「先生」
三井は答えない。
ただタケシバオーを見ている。
三コーナー。
隊列が少し詰まった。
後ろが動く。
ヤマトダケが外から差を詰める。
加賀武見が、ゆっくりと仕掛けた。
スタンドがざわめく。
「武見だ!」
「来た!」
そのときである。
**タケシバオーが、もう一度伸びた。**
中野渡が軽く促しただけだった。
しかし——
馬が反応した。
差が、また開く。
スタンドから声が上がる。
「強い!」
その外から——
アサカオー。
大きなストライドで伸びてくる。
実況が声を張る。
「アサカオーが上がってきた!」
「三頭の争いか!」
四コーナー。
タケシバオーが先頭。
内にタケシバオー。
その後ろにヤマトダケ。
外からアサカオー。
三頭。
スタンドが揺れた。
「来た!」
「アサカオー!」
「武見!」
「タケシバ粘れ!」
直線。
中山の坂が待っている。
タケシバオーが先頭。
**四馬身。**
その後ろからヤマトダケ。
さらに外からアサカオー。
記者席の男が立ち上がった。
「来るぞ!」
しかし——
タケシバオーの脚が止まらない。
軽い。
坂を駆け上がる。
**六馬身。**
差が広がる。
ヤマトダケが追う。
加賀武見が追う。
アサカオーも来る。
だが差は詰まらない。
スタンドが揺れる。
「タケシバ!」
「行け!」
最後の百メートル。
ステートターフがヤマトダケを交わし、突っ込んでくる。
しかし——
タケシバオーは、まだ先頭だった。
アサカオーが詰める。
だが差は縮まらない。
中野渡が懸命に追う。
タケシバオーが、もうひと伸びした。
スタンドの歓声が爆発する。
「行け!」
「そのまま!」
ゴール板。
そして——
そのまま駆け抜けた。
**一着 タケシバオー。**
二着にステートターフ。
三着にアサカオー。
スタンドがどっと沸いた。
終わってみれば——
**七馬身差の先行押し切り。**
しかも、三歳王者決定戦である。
中野渡が軽く拳を握った。
タケシバオーは、まだ走り足りないように首を振っている。
検量室の前で、記者が三井に聞いた。
「先生!」
三井が振り向く。
「なんだ」
「勝ちましたね」
三井は煙草をくわえた。
「そうだな」
記者が言う。
「強いですよ」
三井はタケシバオーを見た。
そして言った。
「だから言ったろう」
煙を吐く。
「前に行けば、止まらん」
中山のスタンドでは、まだ歓声が続いていた。
小さな馬と言われたタケシバオーは、この日——
**関東三歳王者になった。**




