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血統ー蹄の記憶ー  作者: あいまいもこ
初めて怪物の異名を冠された馬

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15/31

14_朝日杯三歳ステークス(1967)ー後半ー

スターターの旗が振られた。

ゲートが開く。


一瞬の静寂が破れた。


**タケシバオーが飛び出した。**


速い。


小さなころから変わらない。

スタートの良さは、この馬の武器である。


中野渡清一は、ほとんど何もしていない。

馬が、自分で行く。


「やっぱり行った!」


スタンドから声が上がる。


タケシバオーは軽い脚で先行争いに前へ出る。


「行った! 行った!」

「タケシバだ!」


二番手に数頭。


その後ろに、ヤマトダケ。

さらにその外に——


**アサカオー。**


一団は最初のコーナーへ向かう。


タケシバオーは軽い脚で飛ばす。

芝を蹴る音が小気味よい。


実況の声が響く。


「先頭はタケシバオー!」

「タケシバオーが行きます!」


観客席から声が飛ぶ。


「逃げろ!」

「そのままだ!」


タケシバオーの鞍上、中野渡は後ろを振り返らない。

ただリズムよく走らせている。


記者席で男が言った。


「速いな」


もう一人が答える。


「だが、まだ早い」


向こう正面。


ヤマトダケが、じわりと差を詰めてくる。


加賀武見は静かだ。

じっと前を見て、馬の手応えを確かめている。


無理はしない。

だが、離れすぎない位置を取る。


観客席から声が飛ぶ。


「武見だ!」

「行け!」


さらにその後ろ。


**アサカオー。**


落ち着いている。

慌てる様子はない。


記者席の男が言った。


「予定通りだな」


もう一人が言う。


「タケシバが先行した」


二コーナー。


タケシバオーは、すでに二馬身ほど前。


小さなころから変わらない。


群れのリーダーは譲らない。


それだけである。


中野渡は手綱を抑えている。

だが馬は止まらない。


軽い。

脚の回転が速い。


騎手たちは、まだ動かない。


三井末太郎は、スタンド下から馬場を見ていた。

腕を組んだまま。


厩務員が横で言う。


「先生」


三井は答えない。


ただタケシバオーを見ている。


三コーナー。


隊列が少し詰まった。


後ろが動く。


ヤマトダケが外から差を詰める。

加賀武見が、ゆっくりと仕掛けた。


スタンドがざわめく。


「武見だ!」

「来た!」


そのときである。


**タケシバオーが、もう一度伸びた。**


中野渡が軽く促しただけだった。


しかし——

馬が反応した。


差が、また開く。


スタンドから声が上がる。


「強い!」


その外から——


アサカオー。


大きなストライドで伸びてくる。


実況が声を張る。


「アサカオーが上がってきた!」

「三頭の争いか!」


四コーナー。


タケシバオーが先頭。


内にタケシバオー。

その後ろにヤマトダケ。

外からアサカオー。


三頭。


スタンドが揺れた。


「来た!」

「アサカオー!」

「武見!」

「タケシバ粘れ!」


直線。


中山の坂が待っている。


タケシバオーが先頭。


**四馬身。**


その後ろからヤマトダケ。

さらに外からアサカオー。


記者席の男が立ち上がった。


「来るぞ!」


しかし——


タケシバオーの脚が止まらない。


軽い。


坂を駆け上がる。


**六馬身。**


差が広がる。


ヤマトダケが追う。

加賀武見が追う。

アサカオーも来る。


だが差は詰まらない。


スタンドが揺れる。


「タケシバ!」

「行け!」


最後の百メートル。


ステートターフがヤマトダケを交わし、突っ込んでくる。


しかし——


タケシバオーは、まだ先頭だった。


アサカオーが詰める。

だが差は縮まらない。


中野渡が懸命に追う。


タケシバオーが、もうひと伸びした。


スタンドの歓声が爆発する。


「行け!」

「そのまま!」


ゴール板。


そして——


そのまま駆け抜けた。


**一着 タケシバオー。**


二着にステートターフ。

三着にアサカオー。


スタンドがどっと沸いた。


終わってみれば——


**七馬身差の先行押し切り。**


しかも、三歳王者決定戦である。


中野渡が軽く拳を握った。


タケシバオーは、まだ走り足りないように首を振っている。


検量室の前で、記者が三井に聞いた。


「先生!」


三井が振り向く。


「なんだ」


「勝ちましたね」


三井は煙草をくわえた。


「そうだな」


記者が言う。


「強いですよ」


三井はタケシバオーを見た。


そして言った。


「だから言ったろう」


煙を吐く。


「前に行けば、止まらん」


中山のスタンドでは、まだ歓声が続いていた。


小さな馬と言われたタケシバオーは、この日——


**関東三歳王者になった。**

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