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血統 ー蹄の記憶ー  作者: あいまいもこ
初めて怪物の異名を冠された馬

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12/37

11_大一番へ……

函館で初勝利を挙げると、厩舎の空気が少し変わった。


それまでは——

「小さい馬」

「気だけ強い」


そんな言い方をされていたが、三戦して


**二着、二着、一着。**


しかも相手は、いずれもオープン級である。


厩舎の男が言った。


「先生」


三井末太郎が振り向く。


「なんだ」


「次、どこ使います」


三井は函館の番組表を見ていた。


「もう一つ、行こう」


助手が言う。


「まだ余裕ありますね」


三井はうなずいた。


「小さいが、へこたれん」


ところが——


調教の途中である。


タケシバオーが、少し脚をかばった。


厩務員が気づいた。


「先生」


三井が来る。


「どうした」


「膝です」


触ってみると、熱がある。


三井は顔をしかめた。


「……やったか」


厩舎というところは、こういうことがある。


少し無理をすれば、すぐ脚に出る。


ましてタケシバオーは、まだ体が出来上がったわけではない。


三井が言った。


「休ませよう」


助手がうなずく。


「ええ」


厩務員が言う。


「せっかく調子いいのに」


三井は首を振った。


「馬は逃げん」


「脚を壊したら終わりだ」


こうしてタケシバオーは、しばらく休養することになった。


夏の北海道の空は、ゆっくりと移り変わる。


函館から、札幌へ。


膝の具合も落ち着き、再び出走することになった。


札幌開催である。


距離は**ダート千二百メートル。**


パドックで馬を見た記者が言った。


「小さいな」


別の記者が言う。


「だが走るぞ」


スタートが切られた。


タケシバオーは、いつものように前へ出た。


しかし、今日は少し違う。


脚取りが、わずかに重い。


直線。


前の二頭を追う。


だが差は詰まらない。


ゴール。


**三着。**


検量室に戻った騎手が言った。


「先生」


三井が聞く。


「どうだ」


騎手は言った。


「ちょっと重いですね」


三井はうなずいた。


「休み明けだ」


「無理はさせん」


厩舎の男が言った。


「でも先生」


三井が見る。


「なんだ」


男が笑った。


「初めて負けましたね」


三井は少し考えた。


それから言った。


「いや」


「負けたわけじゃない」


男が首をかしげる。


「え?」


三井は言った。


「三着だ」


「ちゃんと走っとる」


実際、このレースは——


**タケシバオーが日本国内で、唯一二着以内を外した競走になる。**


もっとも、そのときはまだ、

誰もそんなことは知らなかった。


ただ一頭の、小さな馬が、

少しだけ調子を落として走った——


それだけのことであった。



札幌のあと、タケシバオーは再び本州へ戻った。


札幌で三着に敗れたあと、三井末太郎は無理をさせなかった。


「まだ若い」


厩舎の男たちにそう言った。


「急がんでもいい」


だが——

秋になるころには、また様子が変わってきた。


膝の具合も落ち着き、馬はすっかり元気を取り戻していた。


秋が近づくころである。

福島開催。


調教を見ていた厩務員が言った。


「先生」


三井末太郎が振り向く。


「なんだ」


「あの馬」


「うん」


「また大きくなりましたよ」


三井は馬体を見た。


確かに違う。


入厩したころは、四百キロそこそこ。

頼りない体つきだった。


それが今は——


**四百八十キロ台。**


肩が厚くなり、胸も広がり、腹も締まった。

もう「小さい馬」とは言えない。


三井が言った。


「食うからな」


厩務員が笑う。


「食いますね」


福島でのレース。


スタートが切られる。


タケシバオーは、相変わらず前へ行く。


脚の回転が速い。


直線。


先頭へ出る。


そのまま——


**勝った。**


検量室に戻ると、新聞記者が言った。


「先生」


三井が振り向く。


「何だ」


「強いですね」


三井は短く答えた。


「そうか」


だが、その顔には少し笑みがあった。


そして次のレース。


また勝った。


**二連勝。**


競馬場の空気が、少し変わってきた。


記者席で誰かが言った。


「おい」


「タケシバオー」


「また勝ったぞ」


別の記者が言う。


「最初は小さい馬だったろ」


「今は立派だ」


三井の厩舎にも、記者がよく顔を出すようになった。


「先生」


三井が煙草に火をつける。


「なんだ」


「次はどこです」


三井は言った。


「中山」


「オープンだ」


その中山のレース。


スタート。


タケシバオーは、また先頭へ行く。


小さいころから変わらない。


行くと決めたら行く。


直線。


後ろから馬が来る。


しかし——


脚色が違う。


そのままゴール板を駆け抜けた。


**三連勝。**


観客席が、どよめいた。


パドックで誰かが言う。


「強いぞ」


「これ」


「三歳じゃないか」


検量室では、記者たちが騒いでいた。


「朝日杯だ」


「行くだろ」


「三井先生」


三井は煙草をくわえたまま言った。


「行く」


それが——


**朝日杯三歳ステークス。**


関東の三歳王者を決めるレースである。


厩舎へ戻ると、厩務員が言った。


「先生」


三井が振り向く。


「なんだ」


「ここまで来ましたね」


三井は少し考えた。


そして言った。


「そうだな」


馬房の中で、タケシバオーが飼葉を食べている。


食欲は、昔から変わらない。


厩務員が笑う。


「最初は」


三井が言う。


「うん」


「あんな小さい馬だったのに」


三井も笑った。


「そうだったな」


あのころ——


厩舎中が言っていた。


「これは走らん」


しかし今は違う。


競馬場でも、新聞でも、名前が出る。


**タケシバオー。**


朝日杯の話題になると、必ずその名が挙がる。


記者席で誰かが言った。


「面白いぞ」


「逃げるからな」


「止まらない」


また別の声。


「今年の関東は、タケシバオーかもしれん」


冬の空気が、中山競馬場に流れ始めていた。


三井は、夕方の厩舎で馬を見ていた。


タケシバオーは、相変わらず元気である。


三井がぽつりと言った。


「いよいよだな」


厩務員が言う。


「朝日杯ですね」


三井はうなずいた。


関東三歳王者決定戦。


**朝日杯三歳ステークス。**


その大一番へ向けて、

競馬場の空気は、ゆっくりと熱を帯びていった。


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