自然 31
テラスに吹き込む夜風は冷たく、クラン・アラムの復興しつつある街並みは皮肉なほどに美しかった。
「明日、ミスト・クランへ出発か……」
望んで手に入れた力ではない。だが、運命は容赦なく私を濁流へと押し流していく。溜息が夜の闇に消えようとしたその時だった。
「――っ、ぐあぁぁッ!!!」
頭を割るような激痛。額の刻印が、焼けた鉄を押し当てられたように熱を持ち、脈動する。視界が歪み、私は意識を保つために机に頭を打ち付けたが、痛みは増すばかりだった。
そして次に目を開けたとき、世界は一変していた。
そこは、現実の理が通用しない異空間。
高さの異なる九つの玉座が私を見下ろすように円を描いて並んでいる。
「ハハハハハ!」
不気味な嘲笑と共に、青い炎が部屋を舐めるように燃え広がった。
その炎に照らされて浮かび上がったのは、二人の見知った顔――タムズと、あの黒ずくめの男。そして、中央に鎮座する、存在自体が法を歪めるような男。
「お前が、イマジネーションの最後の継承者か」
男の名はラグレス。
その顔は傷跡に覆われ、腕はもはや人間のそれではなく、禍々しい怪物の部位へと変貌していた。
「ルドは消えた。だが、私の将たちはまだこれだけいる」
私は歯を食いしばり、膝が震えるのを必死に抑えた。
「なぜ……封印されているはずの貴様がここにいる」
「現世は私を拒むが、ここは私の領域だ」
ラグレスが指を鳴らした瞬間、空間の重圧が数倍に膨れ上がった。
「質問は終わりだ。……切り札は早めに消しておく必要がある。ここで死ね」
青い炎が凝縮し、牛と蛇を繋ぎ合わせたような異形の処刑人たちが現れた。彼らが掲げる三叉槍が、私を貫くために振り上げられる。
「処刑せよ」
無慈悲な命令。
逃げることも、防ぐこともできない重力の中で、数本の槍が私の肉体を貫いた。熱い衝撃。内臓が焼ける感覚。
――だが、致命傷に至る直前、私の体を「漆黒の影」が包み込んだ。
「何だと……!? リン、貴様、何の真似だ!」
ラグレスの怒号が響く。影の主は、隣で沈黙を守っていた王子、リンだった。
彼の影の力が私の重要臓器を守り、死の淵から強引に引き戻していく。
視界が白濁する直前、リンの声が脳内に直接響いた。
『光と闇は等しく儚いもの。……決めるのは、お前自身だ』
私は自室の冷たい床の上で跳ね起きた。
「はぁ、はぁ……っ!!」
夢ではない。服には穴が開き、皮膚には突き刺された痕跡が生々しく残っていた。しかし、傷口は驚異的な速度で塞がっていく。
「今のは……一体……」
深夜の静寂の中、私は自分の手を見つめた。
ラグレスの殺意、そしてリンの真意。
敵陣営の中にある「亀裂」を感じながら、私は冷や汗を拭った。
私たちの戦いは、もうクランの指輪争奪戦という枠を超えている。
これは、神話の時代の因縁と、今の私たちの意志が衝突する、世界の再定義なのだ。




