自然 24
「……どうして図書館なの、お兄ちゃん?」
ルラの無垢な問いが、静まり返った書庫に響く。
「古の森へ挑むには、気合だけじゃ足りないんだ。地図、魔物の習性……そして、奴らの弱点。ここにはそのすべてが眠っているはずだ」
王宮図書館。そこは知の墓場であり、同時に再誕を待つ記憶の宝庫だった。天井まで届く巨大な棚には、木の皮で編まれた巻物や、古の巨獣の革で装丁された魔導書が整然と並んでいる。
「……背筋が凍るぜ」ソラが、埃の舞う空間を見渡して呟いた。「ここには、思い出が詰まりすぎていてな」
「指輪だった頃、よく連れてこられたのか?」ルンが尋ねる。
「ああ。セレスティア様は読書家でね。あそこの窓辺で、俺を首から下げたまま陽だまりの中で本を読んでいたっけ……」
ソラが指差した先には、主を失い、今はただ埃を被った椅子が一つ、寂しげに佇んでいた。
私は壁に並ぶ魔法燈を順に灯していった。黄金色の柔らかな光が闇を押し流し、天井に描かれた古の星図と、柱に刻まれた精霊たちのレリーフを浮かび上がらせる。
「探しものは何?」ルンが実務的なトーンで切り出した。
「古の森の詳細な地図。それから、ルドの寄生虫を浄化する方法だ」
私たちは手分けして調査を開始した。
ソラは「地理・聖域」の棚へ。ルンとルラは「太古の動植物」のセクション。そして私は「歴史・儀式」の棚に向かった。
開いた巻物には、かつてこのクランを救った「生命の樹」の葉を用いた治癒の儀式が記されていたが、肝心の樹は数百年前に失われたとある。
「……あったぞ! 全員こっちだ!」
ソラの鋭い声に呼び寄せられ、私たちは中央の大きなテーブルに集まった。
広げられた地図には、クランの心臓部である『最初の樹の心核』が記されている。しかし、その周囲は禍々しい赤色のインクで塗り潰され、見たこともない古語で警告が記されていた。
『禁忌の地――太古の闇の封印。決して紐解くべからず』
「太古の闇……?」ルンが声を震わせる。
「ルドがそこを選んだのは偶然じゃない」ソラが険しい表情で地図を指でなぞった。「奴は、この封印を解こうとしているんだ。もし成功すれば、ルドの病なんて可愛いものに思えるほどの災厄が解き放たれるぜ」
その時、ルラが下の棚から一本の巻物を引き抜いてきた。
「お兄ちゃん、これ……病気の人の絵が描いてあるよ」
そこには、体に黒い筋が浮き出た人々の図解――ルドの犠牲者と同じ姿が描かれていた。そしてその下には、冷酷な真実が記されていた。
『闇の寄生――これを浄化するは、樹の心核の純粋なる光、あるいは……同等の力の自己犠牲のみなり』
「自己犠牲……」
私の喉が詰まる。同等の力とは、すなわち自然の意志そのもの。
「……ソラ。それって、お前のことか?」ルンが問いかける。
「あるいは、セレスティア様……」ソラの声は重く、静かだった。
誰かを救うための旅が、誰かを失うための旅に変わろうとしていた。
重苦しい沈黙が場を支配する。それを破ったのは、ルラの小さな声だった。
「……それでも、行かなきゃダメかな?」
私たちは互いの顔を見合わせた。
そして、迷いなく頷いた。
「行くよ。ベニーとアルヴィナ、そしてセレスティア様を救う。最悪の結末を書き換えるために、僕たちはここに来たんだ」
必要な情報をまとめ、私たちは書庫を後にしようとした。その時、ソラが一枚の巨大な壁画の前で足を止めた。
そこには、緑の髪を持つ美しい女性が種を植え、その周りを六つの光り輝く影が囲んでいる姿が描かれていた。そのうちの一つの影が、私の指にあるものと酷似した「指輪」を掲げている。
「セレスティア様と、彼女の兄弟姉妹……最初の六人の指輪の継承者だ」ソラがささやく。「彼女は六つの指輪の力を結集させ、この世界に生命の種を植えた。……カエリン。お前が持つ『イマジネーション』は、このクランが生まれたその時から、希望として数えられていたんだ」
図書館を後にする私たちの背中には、知識という名の重圧と、それを上回る確固たる意志が宿っていた。
行き先は決まった。
封印が解かれる前に、古の森の深淵へ。
「さあ、行こう。……僕たちの物語のクライマックスへ」




