自然 23
王座の間の静寂は、死を待つ者の諦念に満ちていた。しかし、私たちが一歩踏み込むたびに、その静寂は「希望」という名の波紋によって書き換えられていく。
現女王リアナは、私たちを自室へと招き入れた。
そこは王族の部屋とは思えぬほど質素で、壁一面を埋める古文書と、色褪せたクランの地図だけが、彼女が背負ってきた孤独な戦いの歴史を物語っていた。
「……セレスティア姉様は、一人で深淵へと向かいました」
冷めた茶杯を握る彼女の手は、微かに震えていた。
「あの方は、私にこの指輪の半分を……そしてもう半分を、ソラ、貴方に託したのです。誰にもこの禍を広げぬために」
ソラは自らの胸に手を当て、伏せ目がちに答えた。
「ああ、分かっている。未完成なこの体を通じても、あの方の鼓動を感じるよ。弱っているが……まだ、灯火は消えていない」
「姉様を、そしてこのクランを救って」
リアナが激しく咳き込む。白い手巾が黒い血に染まるのを見て、ルンが鋭く息を呑んだ。「――侵食されているのね」
ソラが静かに、しかし抗いようのない威厳を持って彼女の手を取った。
「陛下、お許しを。私の光は完全ではありませんが、あの方の半身として、その苦痛を和らげることはできる」
ソラの胸から溢れ出した翡翠色の光が、リアナの細い腕を伝い、体内へと染み渡っていく。侵食されていた黒い影が浄化の光に焼かれ、霧散していくのが目に見えた。
「お兄ちゃん、ソラお兄ちゃんが魔法使いみたい……」
ルラが感嘆の声を漏らす。私はその頭を撫でながら、ソラの横顔を見つめた。彼は今、紛れもなくこの世界の「守護者」だった。
数刻の後、ソラは目を開き、その瞳に鋭い光を宿した。
「視えた。……あの方は『太古の森』、最初の世界樹が芽吹いた始まりの地にいる。だが、そこには二つの不気味な気配がまとわりついている」
「ルド、そして――」
私は拳を握りしめた。
「ベニーとアルヴィナね」
「……あの森は、今はもう生者の立ち入る場所ではありません」
リアナが立ち上がり、壁の隠し扉を起動させた。
「そこは、死した巨獣たちの墓場であり、古の魔力が渦巻く禁域。ルドは世界樹の残滓を穢し、すべてのクランを蝕む『根源的な腐敗』を作り出そうとしているのでしょう」
私は扉の向こうに広がる、奈落のような暗闇を見据えた。
「行こう。あいつらを……親友を、暗闇の中に放っておくわけにはいかない」
「ふん、言ってくれるぜ」ソラが不敵に口角を上げた。「退屈しねえ旅になりそうだな」
「不謹慎よ、ソラ」
ルンが呆れたように溜息をつくが、その瞳には戦士としての覚悟が宿っていた。
私たちは、リアナの祈りに背を押されるように、地下へと続く秘密の回廊へと足を踏み入れた。
背後で石の扉が閉ざされ、世界は完全な闇に包まれる。
壁に群生する発光キノコの微かな光だけが、私たちの道標だった。
「……俺、暗いところ嫌いなんだよな」
「指輪のくせに、街灯代わりに光ったらどうなの?」
「うるせえ。俺はランタンじゃねえんだよ」
軽口を叩き合いながらも、私たちの歩みは速い。
暗闇の先に待っているのは、かつての友との再会か、それとも救いようのない絶望か。
しかし、隣を歩く仲間の体温が、私の胸の中にある「イマジネーション」を強く、熱く燃え上がらせていた。
「待ってろよ、ベニー、アルヴィナ。今すぐ助け出してやる」
深淵の森へ向かう私たちの足音だけが、古の地下道に力強く響き渡っていた。




