自然 21
「チッ、面倒な……ッ!」
ソラが放つ魔導弾は、ルドの残像を追うのが精一杯だった。回避、そして嘲笑。将軍を冠するその怪物は、まるで子供をあやすかのようにソラの攻撃を翻弄していた。
「これが森の守護者か? 笑わせるな。貴様を殺さなかったのは、ただの気まぐれに過ぎん」
ルドの赤い瞳が、嗜虐的な光を湛える。
「貴様の相棒も、そして今そこにいる仲間たちも、所詮は混乱に怯える猿に過ぎぬのだ」
「……その口を、閉じろ」
ソラの声から、温度が消えた。
彼の足元から、翡翠色の地響きが奔る。
「その言葉、あの世で後悔させてやる」
刹那、大地を割って出現したのは、ただの植物ではなかった。
それは王国の結界と同じ、清浄なる緑の輝きを帯びた「意志」を持つ根。それらが生き物のようにルドの巨体を絡め取り、その硬質な甲殻を軋ませる。
「……ぐ、ぉっ!? これは……ただの魔力ではないな!?」
「ああ、そうだ」ソラの瞳に、古の智慧と計り知れない哀しみが宿る。「これは――『自然の指輪』の力だ」
ドーム内の大気が一変した。
ルドの死臭を放つ魔力は、ソラの全身から溢れ出す圧倒的な生命の胎動によって掻き消されていく。彼の胸の中央、心臓があるべき場所に、美しき緑の宝石を嵌め込んだ「生ける木の指輪」の紋章が浮かび上がった。
「嘘でしょ……。あれが、私たちが探していた指輪そのものなの……!?」
ルンが息を呑み、呆然と立ち尽くす。
ソラ――いや、自然の意志そのものは、哀悼の意を込めて語り始めた。
「我が主、セレスティア姫は……物言わぬ道具に世界を託すことを良しとしなかった。彼女は自らの命を削り、指輪に『魂』と『器』を与えたのだ。私はただの守護者ではない。私自身が、守るべき力そのものなのだ」
「おのれ……! 貴様、人間に化けて我らを欺いていたのかッ!!」
激昂したルドが闇のエネルギーを爆発させる。だが、ソラの怒りはそれを上回っていた。
「化けていたのではない! 私は生きている! デクスターを失った悲しみも、この世界を愛でる心も、すべては本物だッ!!」
しかし、ルドの狡猾さは底知れなかった。
力で勝てぬと悟った将軍は、あえて「自然」そのものに寄生虫を放った。
「ならば喰らうがいい! 貴様が愛する自然が、内側から腐り果てていく苦痛をな!」
黒い脈動が根を伝い、緑を枯らしていく。ソラは自分の身体を切り刻まれるような激痛に悶え、膝をついた。
「……ぁ、がっ……!」
その絶望的な光景を、私は見ていた。
仲間を守るために戦い、自らの本質を汚される苦しみ。
私の脳裏で、あの二人の王の合唱が響く。
『均衡を戻せ。想像の翼を広げ、腐敗を浄化せよ』
「……やめろ」
私の額の刻印が、白熱する。
「もう、誰も傷つかせない……!!」
咆哮と共に、指輪から黄金と漆黒が混ざり合う、異質な光が放たれた。
それは「破壊」の力ではない。
それは、現実を書き換える「原初の想像力」。
「――消え去れッ!!」
私の意志が波となって広がり、寄生された人々を優しく包み込んだ。
肉体を焼くことなく、ただ異物である寄生虫だけを蒸発させていく。虚ろだった人々の瞳に光が戻り、彼らは糸の切れた人形のように、しかし確かに自由を取り戻して倒れ込んだ。
「寄生虫を……消滅させた……?」
ルンが驚愕の声を上げる。
私の光は止まらない。腐敗に染まりかけた植物たちに触れ、死の連鎖を断ち切った。
「何だ……この力は!? 我が腐敗の理を否定するというのかッ!?」
ルドが信じがたいものを見る目で私を睨む。
ソラはその隙を逃さなかった。
「カエリン……感謝する」
再び輝きを取り戻した彼が、最後の一撃を放つ。
だが、ルドは自らの影に潜り込み、消え際に呪詛を吐き捨てた。
「覚えておけ、イマジネーションの継承者よ。ルグレス様がお前を放っておくはずがない……。その友の命、せいぜい大事にするがいい!」
偽りのドームが砕け散り、私たちは再び、静かな草原へと戻された。
静寂。
ソラの全身を包んでいた神々しい光が消え、彼はいつもの、皮肉げで疲れ果てた男の姿に戻っていた。
「……無茶をしたな、カエリン」
私は膝をつき、激しい疲労の中で微笑んだ。
「……君こそ、とんでもない正体を隠していたじゃないか」
ソラは苦笑し、王国の本物の結界を見つめた。
「ああ。だが、これからが本当の地獄だ。指輪は手に入った……俺という形でな。だがベニーとアルヴィナはまだ奴らの手の中にある」
私たちは立ち上がった。
かつての敵は、今は護るべき「命」そのもの。
そして救うべき友は、死よりも過酷な運命の中にいる。
「行こう」
私は、自分に言い聞かせるように呟いた。
「王宮へ。……すべてを終わらせるために」




