自然16
サソリのボスはさらに狂暴さを増し、再びその大鋏で俺を挟み込もうとしてきた。死から蘇ったばかりの俺の体は、エネルギーも底をつき、ひどく衰弱している。それでも俺は、死に物狂いで跳躍し、その攻撃を回避した。
「やばいな……。生き返ってからまだ数秒だってのに、休ませる気はないってわけか」
毒針の連撃を避けながら、俺は無理やり体を動かし続け、独り言を漏らす。
「もう二度と死にたくない! このチャンス、最大限に使わせてもらうぞ!」
俺は一瞬足を止め、深く息を吐き出した。そして、あえて危険な賭けに出る。サソリのボスに向かって、真っ向から突き進んだのだ。
「馬鹿め! 自殺行為だぞ!」
サソリのボスが嘲笑うかのように、三本の毒針を構え、俺を刺し貫こうとする。
俺は口角を吊り上げた。頭の中で、自分を高く跳ね上げる「トランポリン」をイメージする。空高く舞い上がり、宙を漂う。目を閉じ、自由を求めるように両腕を広げた。
「最初から……ぶっ壊れてればよかったんだ」
目を見開く。
俺の両手は、金と白が混ざり合った光に包まれ始めた。
「すごい……。ただの感情じゃない。この『自由になりたい』っていう渇望が、俺の空想を現実に変えていくんだ」
俺は高笑いした。
風を切る轟音で自分の声さえ掻き消される中、俺はボスの真上から急降下する。
「最高に楽しいぜ!!」
「死ねぇぇ!!」
ボスの叫び。
俺の拳とボスの大鋏が衝突し、凄まじい衝撃音が響き渡った。
「何が起きた……? だが、貴様、何か得体の知れない力を手に入れたようだな」
ボスは俺を弾き飛ばした。
だが、ここからが今までとは違う。硬い岩壁に叩きつけられる寸前、俺は目に見えないトランポリンを出現させ、その反動で再びボスの懐へと飛び込んだ。
俺は笑った。
「ハハハ……ッ!」
笑いが止まらない。軽やかで、晴れやかで、何の重荷もない。
奇妙な感覚だ。数秒前まで死んでいたというのに。呼吸もまだ整っていないというのに。今の俺は――自由だ。自由すぎて、怖いくらいだ。
ボスは激しく威嚇し、三本の毒針を同時に放った。空気を切り裂く鋭い音が迫る。
「死ね――!」
世界がスローモーションになった。俺は空中で体をひねり、目に見えない足場を次々と踏みつけていく。それは俺の脳内だけに存在するトランポリン。だが、俺の奥底にある「何か」が、それを形にしていた。
金と白に輝く両手。それは聖なる光でも、純粋なエネルギーでもない。ただの「欲求」だ。解き放たれたい、野性的でありたい、何にも縛られたくないという欲望。
「……最高だ」
俺は歓喜に目を見開いて呟いた。「空想そのものが、動き出すなんて」
一本目の毒針を殴り飛ばす。
――ドォォン!!
毒針は弾け飛び、ひび割れた。ボスが苦悶の声を上げる。
俺は再び空中の足場を蹴り、跳んだ。そして、あの大鋏を粉砕する。
――バキィッ!
巨体が後退し、絶壁に激突した。岩が崩れ、谷全体が鳴動する。
だが、まだ足りない。俺は空中を「走る」。一歩ごとに足場が生まれ、加速していく。
「やめろ……!」ボスが呻く。「貴様、一体何なんだ?!」
俺はさらに声を上げて笑った。
「俺が聞きたいくらいだ!」
拳、蹴り、盾の強打。容赦のない乱打を浴びせる。型もなければ技術もない。
そこにあるのは、ただの本能と、愉悦だけ。
ボスは抗おうとした。鋏を振り下ろし、針を突き出し、毒を撒き散らす。だが俺はそれら全てを、遊びのようにかわし、突き抜けた。
相手の必死の攻撃が、ただのゲームに感じられた。
怪物の顔に「恐怖」が浮かぶのが見えた。
それを見て、俺の笑いはさらに深くなる。
「ハハハ! 谷の守護者なんだろ? ボスなんだろ?」俺は叫んだ。「なんでそんな顔してんだよ!」
俺は奴の頭を地面に叩きつけた。
――ドォォォン!!
大地が割れ、振動が谷中に広がる。
ボスは痙攣し、断末魔の声を上げた。
遠くから――
「カエリン!!」
ソラの声が聞こえた。
振り返ると、死骸の山の中で、ソラが傷だらけになりながら立っていた。だが、その瞳に宿っていたのは、怒りでもパニックでもなかった。それは……恐怖だ。
「もういい! やめるんだ!」彼女が叫ぶ。「もう終わったんだよ!」
俺は彼女を見つめた。呼吸はまだ軽く、笑みが顔に張り付いたままだ。
「終わった?」不思議そうに聞き返す。「まだ楽しみ始めたばかりなのに」
ソラが一歩踏み出し、そして足を止めた。
俺の手の光はさらに輝きを増し、不安定に、野性的に脈動している。
内側から何かが突き上げてくる。もっと壊せと求めてくる。
サソリのボスが最後の力を振り絞って立ち上がった。「小僧に……殺されてたまるか……!」
奴の最後の一撃。俺は避けなかった。奴の目の前に足場を作り、全身の力を乗せて突っ込んだ。
――ドォォォォォン!!!
衝撃で時間が止まったかのようだった。
光が拡散する。
ボスの体は内側から崩壊していった。爆発ではなく、自重に耐えきれなくなったかのように。外殻は砕け、どす黒いエネルギーが霧散する。
奴は地に伏し、二度と動くことはなかった。絶命したのだ。
俺は瓦礫の上に立ち、軽く肩で息をしながら、まだ笑みを浮かべていた。
「ふぅ……」顔を拭う。「俺の勝ちだ」
遠くで、ソラは動かずにいた。
彼女の持つ剣が、わずかに震えている。
「カエリン……」低い声だった。「それを消して。今すぐに」
俺は彼女を振り返る。
「どれを?」無邪気に問いかけた。
その時、ようやく気づいた。自分の手がまだ光っていることに。目が熱く、頭の中に不快な残響が響いていることに。
俺が彼女の方へ一歩踏み出すと、ソラは一歩、後ずさりした。……それが、胸に突き刺さった。
不意に、激痛が走った。外傷ではない、内側からの痛みだ。頭が割れるように痛み、手の光がガラスのようにひび割れていく。
「あ……がっ……!」
俺はその場に膝をついた。光は砕け散り、消滅した。世界が再び重く感じられる。呼吸が荒くなり、体が激しく震え出した。
「今のは……一体……?」
周囲を見渡す。壊滅した戦場、崩れた大地、不気味なほどの静寂。
ソラが警戒を解かないまま、ゆっくりと近づいてきた。
「あんた……」彼女は静かに言った。「自分が何をしたか、覚えてないの?」
俺は首を振った。
「跳んだのは……覚えてる」正直に答えた。「それと……笑ってたこと」
震える手で盾を握り直す。
「……俺、勝ったんだよな?」
ソラは長い沈黙の後、ようやく口を開いた。
「ええ。でも……二度と、あんな風に自分を見失わないで」
俺はうつむいた。その言葉が、なぜかひどく重く感じられた。
今回、俺は理解してしまったからだ。自分の中に、破壊を愉しむ「何か」がいることを。もし、いつかそれを止められなくなったら……。
俺は、今殺した怪物と同じものになってしまうのかもしれない。




