自然14
大地は、未だ鳴動を止めていなかった。
最後の一匹の巨蠍が、頭部を断ち切られて沈黙したというのに。地響きは収まるどころか、より激しく、より深く――まるで地の底に潜む巨大な心臓が、怒りに狂って脈動しているかのようだった。 tebing-tebing mulai rontok, menjatuhkan kerikil ke dalam jurang yang seolah tak berdasar.
「はぁ……はぁ……」
膝が震え、肺が焼けるように熱い。頭部の『刻印』が、無理な酷使を咎めるように鈍く疼き続けていた。
「カエリン」
ソラが軽い調子で呼びかけてきたが, その瞳はかつてないほど鋭く前方を射抜いていた。
「……お前も感じてるだろ? この嫌な予感」
「ああ……」私は掠れた声で答えた。「まだ、終わってない」
先ほど仕留めたはずの巨蠍たちの死骸が、突如として激しく痙攣し始めた。地面に広がっていたどす黒い体液が、生き物のようにうねり、地割れの中へと吸い込まれていく。
「血が……逆流しているのか?」
「いや、違うな」ソラが眉をひそめた。「あれは――『供物』だ。呼ばれてやがる」
問い返す間もなく、大地が爆ぜた。
単なる亀裂ではない。この狭い峡谷を真っ二つに引き裂くような大穴が、私たちの足元に口を開けたのだ。そこから噴き出した熱風には、焦げた鉄の臭いと、猛毒、そして……この世の理を超えた「原初の呪い」の気配が混じっていた。
ギチギチ……ギチギチギチ……。
無数の摩擦音が重なり合い、鼓膜を震わせる。
反射的に一歩、後退した。私の手は震え、本能的な生存本能に突き動かされるまま、かつてないほど無骨で分厚い鉄の盾を構築した。
「……嫌な予感しかしないぞ」
「同感だ。俺の直感も、今すぐ逃げろと叫んでる」
ソラがレーザーブレードを旋回させ、光の軌跡を描いた。
深淵から、巨大な「脚」が這い出してきた。一歩踏み出すごとに大地が悲鳴を上げる。次いで現れたのは、無数の刺と亀裂に覆われた巨大なハサミ。それは自らの巨体を地上へ引きずり上げるため、執拗に崖の縁を掴み取った。
息を呑む。
現れたその姿は、これまでの巨蠍たちが赤子に見えるほどの巨躯――崖の高さに匹敵するほどの絶望だった。甲殻は漆黒。だがそれは単なる色ではない。表面には古の呪印が刻まれ、その溝を禍々しいエネルギーが血管のように脈動していた。
しかし、私の心臓を凍りつかせたのは、その怪物としての姿ではなかった。
蠍の胴体の前面から、それは「生えて」いた。
跨っているのではない。融合しているのだ。
腰から上が人間――石像のように白い肌、長く乱れた髪、そして表情を失った無機質な顔。虚ろな眼窩の奥では、鈍い紅色の光が渦巻いている。
その、人の形をした口が開いた。
瞬間、世界から音が消え失せた。
「……永き時が……流れた……」
「……我が子らを……蹂躙する……不届きな人間が現れるまで……」
重なり合う複数の声。人の言葉と怪物の咆哮が混ざり合い、深淵から直接響いてくるような不気味な声が峡谷に満ちた。
「……子……だと?」
戦慄が背筋を走る。
「ちっ……なるほどな。あいつが『マザー』ってわけか」
ソラが重々しく吐き捨てた。
怪物の背後で、三本の尾が鎌首をもたげる。それぞれの先端には、どす黒い呪毒が滴る毒針。その一滴が岩に触れた瞬間、岩石は音を立てて溶解した。
「おい、この臭い……ただの毒じゃねえぞ」
「ああ、わかってる」
「……呪いだ」ソラが声を低めた。
怪物の視線が私たちを捉えた。それは肉体ではなく、私の指の「指輪」、そして頭部の「刻印」を、魂の階層から見透かしているようだった。
「お前は……」怪物が、ゆっくりと私を指差す。
「……世界樹の刻印を継ぎし者……」
ドクン、と心臓が跳ねる。
「へぇ、カエリン。お前、魔物界じゃ有名人らしいな」
ソラの皮肉も、今はどこか遠く感じられた。
怪物は巨大なハサミを持ち上げた。それだけで大気が凝固し、重力が増したかのような圧力が肩にのしかかる。膝が折れそうになるのを、気力だけで耐えた。
「そして……光の刃を振るう者よ……」
怪物の瞳がソラを射抜く。「……お前からは、破滅の臭いがする……」
「ハッ、ありがたいね。化け物にそこまで分析されるなんて光栄だぜ」
ソラは不敵に笑い、ブレードの出力を最大まで引き上げた。青白い光が闇を切り裂く。
これは、ただの魔物ではない。
この領域を支配し、悠久の時を生き、知性と憎悪を蓄え続けた「エリア・ボス」。
峡谷の守護者。
私は盾を握り直し、一歩も引かぬ覚悟で前を見据えた。
「ソラ……どうやら、逃げ道はなさそうだ」
「当たり前だ」ソラが静かに言った。
「だが、誰が逃げるなんて言った?」
怪物がその巨体を完全に地表へと晒し、巨大な影が私たちを飲み込む。
「来い……」
「教えてやろう……」
「……なぜこの地が、生者の禁忌と呼ばれているかを……」
頭の『刻印』が、これまでにないほど激しく熱を帯びた。
私は震える足で大地を踏みしめ、絶望の象徴たるその瞳を真っ向から見返した。
「……いいだろう」
私は喉の奥で、獣のような笑みを漏らした。
「ここが冥府への門だって言うんなら――」
手に宿るイマジネーションの力を、限界まで練り上げる。
「――力ずくで、こじ開けてやるッ!!」




