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究極のカオスリング   作者: I.A. Janovit
37/50

自然13

「マズいな……ここは戦うにはあまりに狭すぎる」

私は背後で怯え、ルンの影に隠れるルラを見つめて歯噛みした。

「三人とも、先に行ってくれ」

私は手で制した。「――正気!? 自殺志願者でも演じるつもり?」ルンが鋭く反論する。

「……いや、少し試してみたいことがあってね」

私は自分の掌を見つめた。「よく考えたら、世界樹の精霊から授かったあの『刻印』……まだ一度も使っていないんだ」

私は強く拳を握りしめた。

「逃げちまった方が楽なんじゃねえの?」

巨大な蠍がすぐそこまで迫っているというのに、ソラは崖の縁で寝そべりながら、あくび混じりに言った。その顔は驚くほど平然としている。

「言っただろ。これは僕にとっての修行なんだ」

私は退路を断つように言い放った。「僕の今の力じゃ、世界に平和をもたらすことも、仲間と一緒に元の世界へ帰ることもできない。この指輪を嵌めたのが僕の宿命なら、もう逃げるわけにはいかないんだ」

ソラはしばらく目を閉じ、死が目前に迫っていることなど忘れたかのように顎に手を当てた。

「……まあ、お前はそういう奴だよな。だが、一人で行かせはしないぜ。お前が死んで、残された奥さんと子供が悲しむ姿は見たくないからな」

そう言って、ソラはのっそりと立ち上がった。

「……まだルンと僕が夫婦で、ルラが子供だっていう勘違いを続けてるのか? お前の脳内構造はどうなってるんだ……」

私は呆れてこめかみを押さえた。

「ははっ、いいじゃないか。そういう『設定』の方が燃えるだろ?」

ソラは軽薄に肩をすくめた。

その直後だった。

巨大な蠍の尾が猛然としなり、無防備なソラを貫こうと襲いかかる。ルンとルラの悲鳴が響き、私の心臓が跳ね上がった。

だが、ソラはその一撃を「見て」すらいなかった。

彼が左腕のブレスレットを光らせた瞬間、眩い光の刃――レーザーブレードが顕現する。ソラは最小限の動きで跳躍し、蠍の毒針を根元から叩き斬った。

どろりと腐食性の体液が辺りに飛び散る。

「……忘れてもらっちゃ困るな。俺は近接戦闘のスペシャリストだぜ? こんな雑魚、朝飯前だ」

ソラは何事もなかったかのように言い放った。

安堵の溜息を漏らす私たち。だが、ルンの背後に隠れていたルラが震えながら泣き出した。両親を失ったあの惨劇が、飛び散る鮮血によってフラッシュバックしてしまったのだ。

「ルン、早くルラを連れて行ってくれ! ここに居続けたらトラウマが悪化する!」

私は躊躇するルンを促した。崖下からは、さらなる二体の巨大蠍がその姿を現している。

「時間がない……これ以上、増えられても困るからな」

私は精神を研ぎ澄ませ、ルンとルラに向かって手をかざした。

「――いけッ!!」

ぷしゅっ! 突如として発生した巨大な「バブル(魔導泡)」が二人を優しく包み込んだ。泡は浮力を得てふわりと宙に浮き、谷を吹き抜ける風に乗って、恐ろしい絶壁から遠ざかっていく。

「ちょっと! なに勝手なことしてんのよ!?」

ルンが憤慨し、内側からバブルを叩く。だが、私の想像力によって生み出されたそれは、鋼鉄をも凌ぐ硬度を誇っていた。

「悪い! それは僕が解除しない限り割れない特製だ! 二人で先に安全な場所まで行ってくれ! ルラを頼むぞ!」

私は巨大なハサミの猛攻を、通常の三倍の強度にまで高めた鉄壁のシールドで受け止めながら叫んだ。

「――帰ってきたらタダじゃおかないからね、カエリン!!」

ルンの怒声が遠ざかっていく。

「ふぅ……これでようやく、守るべきものを気にせず暴れられるな」

衝撃で数歩後退しながら、私は不敵に笑った。

「遅いぜ、カエリン!」

上空から声が降ってきた。見れば、ソラは既に一体の蠍を屠り、その死骸の上に悠然と立っていた。

「仕方ないだろ。僕は近接武器なんて作ったこともないし、効率的な戦い方もまだ模索中なんだから」

私は再び吹き飛ばされ、呼吸を乱す。くそっ、この蠍ども……。

「……待てよ」

不意に、思考の回路が繋がった。

私は口角を吊り上げ、自分自身の頭を叩いた。

「――なぜ、今の今まで気づかなかったんだ。……『不可能』を形にするのが、僕の力じゃないか」

「独り言か? 恐怖で頭がいかれたのかよ」

ソラが死骸の上で胡坐あぐらをかきながら、面白そうにこちらを眺めている。

「来いよ、デカブツ!!」

私はあえて挑発を投げた。巨大蠍が狂暴な唸りを上げ、地響きを立てて突進してくる。

私は左手でシールドの縁を掴み、精神の深淵を覗き込んだ。

変形トランスフォーム――。

コンマ数秒で、私の盾は異形の姿へと進化した。

円形の盾の縁には鋭利な鋸歯が並び、背面には超高速で回転する歯車と、それを操る魔導の鎖が連結される。

「……喰らえッ!!」

全力で放たれた「回転鋸盾チェインソー・シールド」が空気を切り裂く。それは単なる投擲武器ではなかった。指輪の力が加わった回転は、この世の物理法則を無視した破壊力を生み出す。

ズバァァァン!!

一閃。巨大蠍の頭部が、豆腐のように容易く断ち切られた。噴水のように溢れ出す血が道を濡らす。

「ようやく理解したよ。最初から『有り得ない武器』を想像すればいいんだ。……それが僕の戦い方だ」

私は込み上げる高揚感に、声を上げて笑った。

次々と崖下から新たな影が這い上がってくる。

ソラが私の隣に飛び降り、不敵な笑みで剣を構えた。

「――準備はいいか、カエリン!」

「ああ、もちろんだ!」

胸の鼓動が激しく高鳴る。

強くなるために。大切なものを守り抜くために。

この絶望的な戦場こそが、今の私には最高の舞台だった。

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