表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
究極のカオスリング   作者: I.A. Janovit
32/36

自然8

「――やかましいぞ、貴様ら」

突如として、その漆黒の衣を纏った男は我々の中心に君臨していた。

「特に……貴様だ」

男がソラを指差した瞬間、ソラの体はまるで巨人の一撃を受けたかのように吹き飛び、背後の巨木を粉砕した。内側から響く「メキメキ」という不吉な音。間違いなく、全身の骨がへし折れた音だ。

「おい、小僧。私はつい先ほどまで微睡まどろんでいたのだ。……眠りを妨げられた者が、その元凶にどのような報いを与えるか。貴様はその身を以て学ぶ必要があるようだな」

男がこちらへ一歩、踏み出す。

その瞬間、私の全身は凍りついた。圧倒的なまでの重圧プレッシャー。大気を塗り潰すほどに濃密な、深淵の如き闇のオーラ。本能が「死」を叫び、指先一つ動かすことすら許されない。

「カエリン……!」

上空の檻に囚われたルンが、悲鳴に近い声を上げた。彼女もまた、この男が放つ絶望的なまでの「死の気配」を察知しているのだ。

「私は二十四時間働き詰めだったのだ。その貴重な休息を、貴様らのような羽虫に邪魔されるとは……万死に値する」

男は私の至近距離で足を止めた。

「消えろ……死をもってな」

視界が跳ねた。

男が拳を振り上げた瞬間、その背後から巨大な「不可視の腕」が顕現した。それは赤黒い煙のような揺らめきを纏っている。

(――なぜだ? なぜ、私には見える!?)

思考が加速する。

衝突まで、コンマ数秒。

私は持てる魔力の全てを注ぎ込み、巨大な鉄の盾を構築した。

直後、轟音と共に衝撃が走る。最高硬度の盾が、紙細工のようにひしゃげた。私は強烈な衝撃波に弾かれ、数メートル後方へと吹き飛ばされる。

「何が起きたの……!?」

ルンが困惑の声を漏らす。「あの風、あの威力……まさか、闇の将軍クラス!? あいつもその一人だっていうの!?」

その騒乱の中で、抱えられていたルラが薄らと目を開けた。「お兄ちゃん……?」

「私の追撃を防いだか。……癪に障るな。そのまま塵になれば良かったものを」

男の姿が掻き消えた。――背後だ。

心臓が跳ねる。(殺される……!)

先ほどと同じだ。私には「見える」。今度は二本の、巨大な赤黒い異形の腕が、私の肉体を完膚なきまでに圧殺しようと振り下ろされる。

直撃の寸前、生存本能が限界を超えた。

私は魔力の反動を利用し、空中に不可視の足場トランポリンを生成、全力で跳躍した。

ドォォォォォン!!

一対の巨拳が大地を爆砕し、クレーターを作り出す。男は、宙を舞う私を半眼で見つめていた。

「ほう。……小癪な真似を」

その瞳には、未だ眠気が混じったような気怠さが漂っている。

着地と同時に、私は激しい鼓動を感じていた。一瞬の判断ミスが、そのまま死へと直結する薄氷を踏むような攻防。

だが、奴は私に呼吸の間さえ与えない。予備動作も、音もない。攻撃そのものよりも速く、精神を削り取るような「圧」が押し寄せる。

周囲の空気が密度を増し、まるで世界そのものが私を排除しようと圧迫してくる。

(動けない……!?)

足が地面に癒着したかのように重い。次の瞬間、視界から男が消え――私の側頭部を衝撃が襲った。

視認すらできなかった。ただ、世界が激しく回転する。

巨木に叩きつけられ、肺の中の空気が無理やり押し出された。追撃。立ち上がる間もなく、不可視の衝撃が私の胸部を抉る。

「が……はっ……!」

地面を転がり、血反吐をぶちまける。全身の神経が悲鳴を上げ、視界が赤く染まっていく。

「立て」

男の声はどこまでも冷酷だった。「立てぬなら、ここで朽ち果てろ」

震える足で、私は泥を噛みながら立ち上がろうとする。指輪を起動させようとする手は、もはや制御不能なほどに震えていた。起死回生のエネルギートランポリンを仕掛けようとするが、それすらも具現化する前に握り潰される。

無慈悲な拳が、私の腹部を深々と貫いた。

「……ッ、ごほっ!」

「遅い。目は捉えていても、肉体がその領域に達していない」

正論だった。

私の「目」は奴の動きを、巨大な腕を、空気の歪みを完璧に捉えている。だが、この血肉を纏った体が、その神速に追いつけない。

絶望的な実力差。私は防戦一方のまま、構築したシールドは瞬時に霧散し、ただ一方的に蹂躙される。

もはや、左手の感覚は失われていた。

「理解したか。貴様と私では、存在の次元が違うのだ。そして……私の忍耐は、既に限界を超えている」

男が眼前に現れ、手を伸ばした。それは打撃ではない。

巨大な赤い魔手は、私の全身を万力のように締め上げ、骨をきしませる。

(息が……できない……)

意識が急速に混濁していく。

これが、終わりか。

「――カエリン!!」

遠くで、その名が呼ばれた。

霞む視界を無理やりこじ開ける。

上空で叫ぶルン。そしてその腕の中で、恐怖に顔を歪めながらも私を見つめるルラ。

その瞬間、男の動きが凍りついた。

全身を苛んでいた圧力が、わずかに霧散する。

「……あ?」

男は、天を仰いだ。その瞳には、先ほどまでの冷酷さはなく、どこか「あり得ざるもの」を目撃したかのような困惑が混じっていた。

「……子供、か」

魔手の拘束が解け、私は地面に崩れ落ちた。肺を焼くような酸素を必死に吸い込みながら、朦朧とする意識で奴を見上げる。

男は、長く、静かに私を凝視していた。

「貴様が……死を賭してまで抗ったのは、その『騒音』のためだというのか」

言葉にならない。ただ、死線を彷徨う呼吸を繰り返すのが精一杯だった。

「……ふん」

男は、半歩ほど身を引いた。

「見誤ったな。貴様らはただの、無価値でやかましい羽虫だと思っていたが……」

彼の視線は、ルンとルラに固定されていた。その数秒間は、まるで遠い過去を追憶しているかのように見えた。

「……私にも、妹がいた」

男の独白。声は依然として冷ややかだが、そこには確かな「情念」が混じっていた。

「まだ赤子だった。私に残された唯一の家族……だが、数百年前に失われた」

男の拳が、微かに震える。

「私は探し続けている。あらゆる次元、あらゆる世界を。そして――彼女の行く手を阻む者は、神であろうと容赦はしない」

男は再び、底知れぬ眼差しを私に向けた。

「ゆえに、見逃してやろう。慈悲でも敗北でもない。これは……私の気まぐれだ」

「だが、刻んでおけ。小僧」

再び、心臓を鷲掴みにされるような威圧感が放たれた。

「いつか貴様が、あるいはその妹が、私の道を阻むというのなら……」

闇のオーラが爆発的に膨れ上がる。

「その時は、一瞬で塵へと変えてやる」

男は背を向けた。その輪郭は、影に溶け込むように霞んでいく。

「それから、もう一つだ」

男は最後に、振り返ることなく言い捨てた。

「二度と、私の眠りを妨げるな」

漆黒の影が完全に消失し、森に静寂が戻る。

私はただ、泥にまみれたまま、激しく上下する胸を押さえて生きていることを実感していた。

上空では、ルンが震える瞳でこちらを凝視している。

「カエリン……」

私は、消え入りそうな笑みを浮かべた。

生き残った。……ただ、それだけだ。

だが、私は痛いほどに理解してしまった。

この世界には、私の「指輪」の力すら通用しない、天災の如き存在が君臨しているということを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ