レイヤー2
「ごめんね、カエリン。今日は二人とも、いつもの場所には一緒に行けないの。」
下校の時間、アルヴィナがそう言った。
「来週の大会に向けて、水泳の練習があるの。」
そう付け加え、軽く頭を下げる。
「俺も無理だな。
発明中の装置のプロジェクトと、読みたいお気に入りのSF小説があってさ。
一人で、いつものカフェ行っても大丈夫か?」
ベニーはそう言いながら、手際よく机の上の荷物を片付けていた。
「そうか。
二人とも用事があるなら仕方ない。
わざわざ俺が邪魔する理由もないしな。」
俺は席を立った。
「じゃあ、またな。」
そう言いかけて足を止め、少しだけ引き返す。
「――アルヴィナ・ザハラ。
この“チャンス”、有効活用しろよ。」
そう言い残し、俺は悪戯っぽく笑いながら教室を飛び出した。
背後で、アルヴィナの顔が真っ赤になるのが見えた。
「カエリンのバカッ!」
太陽の照りつけも和らぎ、時間は夕方に近づいていた。
いつもなら、カフェまでの道中は二人の笑い声で満ちている。
だが今日は違う。
あいつらは、才能も実績も、そして人気もある。
ほんの一瞬たりとも気を抜けない立場だ。
それに比べて俺は――
ただのアマチュア作家。
二人の背中は、ずっと遠くにあるように感じた。
「退屈だな……。
力があっても、結局は自由に使えないんだから。」
そう独り言を漏らしながら、俺はカフェに到着した。
学校から、それほど遠くない場所にある。
「いつものでお願いします。」
店員に声をかけると、慣れたように頷きが返ってくる。
店は大きくはないが、とても居心地がいい。
音楽、内装、料理――
そのすべてが気に入っていて、俺たち三人の行きつけだった。
だが――
足が、ふと止まる。
俺の“いつもの席”に、先客がいた。
予約しているわけじゃない。
それでも、なぜか自分の居場所だと感じてしまう席。
そこに座っていたのは、
フード付きの黒いローブを纏い、顔を半分ほど隠した人物だった。
一度は店員に相談したが、
「かなり人見知りで、やっと落ち着いたところなんです」と言われ、
他に空きがないため、そこを使ってもらっているらしい。
「……失礼します。」
俺は、彼女の正面に腰を下ろした。
「クート。」
(どうぞ)
「グキ・ジュミ・オプ。」
(お邪魔します)
「気にしなくていい。」
俺は手を振った。
すると、目の前の人物がぴたりと動きを止める。
「……ユジョ・ハロク・グオプ?」
(あなた、私の言葉が分かるの?)
「何を言ってるんですか?
当然でしょう。
それとも、からかっているんですか?」
俺は鋭く睨みつけた。
「一つ、確かめたいことがある。」
そう言うと、その人物は立ち上がり、
突然俺の腕を掴んで引き寄せた。
顔と顔が、異常なほど近い。
「なっ……何して――
正気ですか!?」
叫ぶ俺を無視し、
彼女は俺の指先に視線を落とす。
そして、俺が身につけている指輪を凝視した。
「……やはり。」
そう呟くと、彼女は俺を放した。
「カエリン王子。
想像の力を継ぐ最後の後継者。
王ゼヴの末子にして、
かつて世界を統べた大王の血を引く者。」
彼女はローブを脱ぎ捨て、
俺に向かって短剣を突きつけた。
姿を現したのは、
俺と同じ年頃の少女だった。
長い銀色の髪。
深紅に輝く瞳。
身に纏う衣装は、見たこともない形。
一瞬、コスプレイヤーかと思ったが――
そんな軽いものじゃない。
刃先は、俺の喉元から数センチの位置で止まっている。
「私は月の王女、ルン。」
彼女は、迷いのない声で告げた。
「――あなたを殺すと、ここに誓う。」




