レイヤー22
周囲を注意深く見渡して、ようやく気づいた。
――俺は今、地下施設にいる。
「タムズはもうすぐ来る……まさか、あいつが自ら動くとはな。
力の指輪を奪い、ルグレスとリンを解放するために」
ベニーの父が苛立たしげに壁を殴った。
「まずいわ。急がないと」
アルヴィナの母が言う。
「もう選択肢はない。並行世界のポータルを――強制的に開くしか」
「……何が起きてるんだ?」
俺は目を覚ました部屋から出てきた。
ちょうど、スクリヴァーを気絶させたばかりのベニーと同時だった。
「お兄ちゃん!」
妹が俺を見つけるなり、勢いよく抱きついてくる。
「おばさんとおじさん……
あなたたちも、並行世界の人なんですか?」
俺はアルヴィナの両親を見た。
「私も、あなたと同じくらい混乱してるわ、カエリン」
アルヴィナが椅子に座り、こめかみを押さえながら口を挟む。
「自分の両親が、別の世界の人だったなんて……
私も、さっき知ったばかり」
「また会ったな、カエリン」
ベニーの父が近づき、俺の肩を軽く叩いた。
「ついさっき家まで送ったばかりだというのに……
君の両親が、ルグレスの配下に狙われるなんて、我々も予想していなかった。すまない」
俺は首を横に振った。
目はまだ腫れているが、少しだけ落ち着いていた。
「……いいです、叔父さん。
もう、それ以上言わないでください」
妹の頭を撫でながら続ける。
「この子に、聞かせたくない」
そして、静かに問いかけた。
「教えてください。
タムズとは何者なんですか。
そして……あなたたちは、何をしようとしているんです?」
一瞬の沈黙。
ベニーの父が息を吸い、話そうとしたが――
アルヴィナの母が手で制した。
「私が話すわ」
彼女は一歩前に出た。
「カエリン……
私たちは確かに、並行世界の住人よ。
でも、ここにいる理由は一つじゃない。
そしてその理由は……世界の命運と繋がっている」
彼女は部屋の隅、壁際の本棚へと歩み寄る。
「タムズ……
あなたも、もう指輪のことは知っているでしょう。
でも、彼が狙っているのは、あなただけじゃない」
彼女の声が低くなる。
「――ALLAMクラン。
自然の力の指輪が眠る世界」
アルヴィナの目が見開かれた。
「タムズは、最初にその指輪を狙った。
ポータルへのアクセスが容易だったから」
一瞬、間を置き――
彼女は続けた。
「彼は“ルド”という存在を生み出し、病をばら撒いた。
指輪の継承者を表に引きずり出すために」
空気が凍りつく。
「その指輪の継承者は……
私の母、セレスティアル」
「……なに!?」
アルヴィナの声が震えた。
「高校からの付き合いなのに……
君がセレスティアルの娘だったなんて……!」
ベニーの父も驚愕を隠せない。
「……ええ」
アルヴィナの母は苦く微笑んだ。
「私は自分の正体を隠していた」
彼女は拳を握りしめる。
「若かった私は、選択を迫られた。
治療不可能な疫病が広がり、
母――セレスティアルは、私に別世界へ行くよう命じた」
声が詰まる。
「……私は逃げた。
母を一人、タムズと戦わせたまま」
胸を押さえ、深く息を吸う。
「母が今どうなっているのか……
私は、何も知らない」
アルヴィナの父が、そっと彼女の肩に手を置いた。
「そして私はこの世界で、
君の両親や、ベニーの父と出会った。
互いの秘密を知り、共に生きてきた」
俺は唾を飲み込む。
――つまり。
「……俺だけじゃないんですね」
声が、自然と低くなる。
「タムズに狙われているのは」
アルヴィナの母は、静かに頷いた。
「最初から、彼の標的は複数だった。
特に……私」
アルヴィナの身体が強張る。
「母さん……?」
「自然の指輪は、ただの遺物じゃない」
彼女は言い切った。
「それは“鍵”なの。
あなたの想像の指輪と同じように」
背筋が冷える。
「もしタムズが、十分な数の指輪を集めたら……
特に、自然の指輪を手に入れたら」
アルヴィナの父が、重く続ける。
「ルグレスとリンの封印は、持たない」
「……そして」
ベニーの父が言葉を継いだ。
「並行世界は、一つずつ崩壊する。
この世界だけじゃない」
沈黙。
妹が、俺の服を強く握る。
俺は反射的に抱き寄せた。
「……四つ」
アルヴィナの母が言った。
「まだ見つかっていない、均衡を司る四つの指輪がある」
「それを先に確保できれば――」
ベニーの父が言う。
「少なくとも、完全な解放は防げる」
「それが唯一の道だ」
彼は断言した。
「代案はない」
俺は、ゆっくり頷いた。
初めて――
すべてが一本の線で繋がった気がした。
まだ始まっていない“戦争”。
その時、黙っていたベニーが立ち上がる。
「四つの指輪か……」
目が、不自然なほど輝いていた。
「なら、まだ希望はある」
俺は彼を見る。
「これは遊びじゃない、ベン」
「分かってる」
即答だった。
「だからこそだ。
並行世界、クラン、古代の技術と遺物……
それ、全部俺の得意分野だ」
緊張を隠した笑み。
「タムズと競争するなら、
座って世界が滅ぶのを待つ気はない」
アルヴィナは笑わなかった。
顔は青白く、手が僅かに震えている。
「四つの指輪……
そして、母さん……
生きてるかもしれない……
それとも――」
言葉が途切れた。
俺は彼女の前に座る。
何も言わない。
今は、それでよかった。
「何があっても」
静かに言う。
「一緒に向き合おう」
アルヴィナは俺を見つめ、
小さく頷いた。
その時――
部屋の中央、床に巨大な円が浮かび上がった。
絡み合う紋様。生きているかのような光。
ポータル。
空気が変わる。
重く、熱を帯びる。
嵐の前触れ。
「ポータル起動間近!」
ベニーの父が叫ぶ。
「今すぐ出るぞ!」
光が不安定に脈打つ。
――その瞬間。
部屋の一角が、黒く染まった。
濃い煙が渦を巻き、
焦げた匂いと、圧倒的な威圧感が広がる。
「……そんな……」
アルヴィナの母の顔が強張る。
「早すぎる……」
煙が凝縮し――
そこから。
背の高い影が、一歩踏み出した。
長い白髪。
両腕の三つの巨大な腕輪が低く震え、
その圧だけで膝が崩れそうになる。
――言われなくても分かる。
タムズ。
薄く、静かな笑み。
「ようやくだな」
低く響く声。
「家族が、全員揃った」
背後で、ポータルが眩く輝く。
その瞬間、理解した。
――選択肢は一つ。
飛び込むか。
ここで、死ぬか。




