レイヤー18
しばらくして、俺はベニーの父の車で自宅まで送られた。
「気をつけるんだ。
捕らえた二人の仲間が、まだもう一人残っている可能性がある。
だが安心しろ、あの二人が逃げることは絶対にない」
ベニーの父はそう言った。
「はい、叔父さん」
俺は少し不安を残したまま、うなずいた。
車のドアが閉まり、
大きな黒い車体の車は、静かに走り去っていく。
俺はただ、赤く灯るテールランプが前方の交差点を右に曲がって消えていくのを見つめていた。
俺の家は、市街地からそれほど離れていない住宅街にある。
「……重たい一日だったな」
ため息をつき、俺は家へと歩き出した。
玄関の灯りは明るく点いていて、
今日起きたすべての出来事を、一瞬だけ忘れさせてくれた。
「父さん、母さん、帰ったよ」
そう言ってドアを閉める。
――静寂。
胸の奥がざわついた。
嫌な予感が、確かにあった。
俺はダイニングへ向かう。
誰もいない。
テーブルの上には、すっかり冷めた夕食だけが残されていた。
白いご飯、焼き鳥、サンバル、そして空心菜の炒め物。
「……美味しそうなのに。
父さんと母さん、どこにいるんだ?」
家はそれなりに広い。
二人は、俺を待ちながら二階で何かしていることが多い。
そう思い、階段を上りながら声をかけた。
「父さん、母さん、妹!
これは冗談にならないぞ!」
――その時。
「……お兄ちゃん……」
かすかな囁き声。
俺は周囲を見渡し、
階段下の物置で、震えている妹を見つけた。
「何してるんだ?
かくれんぼ?」
軽い調子で言いながら、俺はしゃがみ込む。
妹は、小学一年生だ。
「……お兄ちゃん、上に行かないで……」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、妹は言った。
「お父さんとお母さん……
動かないの……」
「また二人と、ふざけてるだけだろ」
そう言って、俺は妹の頭を撫でた。
だが――
妹の顔は、嘘をついていなかった。
俺は震え始めた。
「……本当、なのか」
ゆっくりと、再び階段を上る。
視界に二階の床が入った瞬間、
呼吸が止まった。
「……そんな……」
声が、出なかった。
父さんと母さん――
二人は、確かにそこに倒れていた。
血が床一面に広がり、
命が、完全に失われている。
だが――
それ以上に、俺の精神を引き裂いた光景があった。
二人の遺体を――
巨大で、背の高い“何か”が、喰らっていたのだ。
背中しか見えない。
だが、それだけで分かる。
人間では、ない。
「――お前……!」
飛びかかろうとした瞬間、
妹が俺の服を掴んだ。
「だめ……お兄ちゃん……
一緒にいて……」
俺の動きは止まった。
泣き声を殺しながら震える妹を見て、
俺は彼女を抱き上げた。
「大丈夫だ。
兄ちゃんは、何もしない」
そう言って、ゆっくりと後退する。
――嘘の顔だ。
必死に、冷静を装った。
妹を、これ以上傷つけないために。
だが――
ガシャン!
キッチンの近くで、
ネズミが空き缶を落とした音が響いた。
その瞬間。
巨大な影が、動いた。
重い足音。
一歩ごとに、家全体が震える。
階段へと近づきながら、
その存在は、血に濡れた口で言った。
「……見つけたぞ。
“想像の指輪”の持ち主よ」
俺の足は、止まった。
ゆっくりと振り返り、
その化け物を睨みつける。
怒りと涙が、同時に溢れ出す。
「……お前を、必ず消し去ってやる!」
叫び声は、震えていた。




