レイヤー9
巨大な図書館は、もはや静寂とは無縁だった。
小さな爆発が次々と高い書架の間で反響し、まるで鉄の洞窟の奥で鳴り響く轟音のように広がっていく。
黒い金属光沢を放つ立方体型のドローンが高速で飛び回り、不規則な陣形を組みながら、まるで意思を持っているかのように動いていた。
ベニーは大きく息を吸う。
「重要なメモだな……」
顔すれすれをかすめたレーザーをかわしながら、彼は呟いた。
「俺、数で押してくる敵が一番嫌いなんだよ。」
手の甲にある円形装置がさらに高速で回転し、表面の小さな紋様が鮮やかな青に光る。
ベニーは両手を強く打ち合わせた。
BRRRR—
電磁フィールドが拡散し、第二の皮膚のように全身を包み込む。
ドローンたちは即座に反応した。
合図もなく、十数本の赤いレーザーが一斉に放たれる。
ベニーは跳躍し、空中で回転しながら書架の壁を蹴った。
その反動で斜めに突進し、二機のドローンを同時に叩き落とす。
ドン!
バキン!
一機は粉砕され、もう一機は不安定に回転した後、床で爆散した。
「へっ……」
息が荒くなりながらも、ベニーは不敵に笑う。
「技術はすげぇかもしれねぇけどな、俺は中学の頃から人生をボルトとケーブルで組み立ててきたんだ。」
怪物はその場から一歩も動かず、爬虫類のような目を細めてベニーの動きを観察していた。
「地球クラン特有の過ちだ。」
冷たい声が響く。
「文明の階層差を侮る。」
腕を形作る触手がゆっくりと蠢き――
バシン!
一本が高速で振るわれ、ベニーの脇腹を打ち据えた。
「ぐっ……!」
ベニーは吹き飛ばされ、別の書架に激突する。
木材と金属が軋み、何百冊もの本が床へと崩れ落ちた。
ベニーは呻きながら、ふらついて立ち上がる。
「……オーケー、これは効いたな。」
「メモ追加。調子に乗るのは早すぎる。」
怪物は手首を持ち上げた。
そこにある高性能な腕時計が、緑色の光を放つ。
透明な防壁が再び展開される。
幾重にも重なった、エネルギーのガラスのような層。
「貴様の技術は力と粗いエネルギーに依存している。」
「だが、私のものは――存在そのものの場を操作する。」
ベニーは舌打ちした。
「言い回しがクソ難しいんだよ、ほんと。」
彼は床を踏みしめる。
脚の後部の装置が色を変え、今度は紫の雷光を放った。
「だったらよ……」
少し身を低くしながら言う。
「最初から力技でいく。」
ベニーは加速した。
その速度は一気に跳ね上がり、ほとんど視認できない。
電撃を纏った拳が、透明な防壁を叩きつける。
ドォン!!
図書館全体が揺れた。
しかし――
ベニーは再び弾き飛ばされる。
防壁には、わずかな亀裂が入っただけだった。
「は?」
ベニーは目を見開く。
「マジで……それだけ?」
怪物は、ついに低く笑った。
かすれた笑い声が、不気味に響く。
「人間よ。貴様は、すでに装置の限界に近づいている。」
残ったドローンたちが再び動き出し、より攻撃的な動きを見せる。
ベニーは腕を上げ、構えた。
「カエリン……」
小さく呟く。
「早くしろよ、相棒。」
―――
図書館の別の一角。
俺は高い書架の間を、ふらつきながら走っていた。
頭が重く、視界が少し揺れている。
「201番……201番……」
呪文のように繰り返す。
ベニーの戦闘の振動が、骨にまで伝わってくる。
埃が舞い、図書館のあちこちで小さな警報音が鳴り始めた。
そして――見つけた。
201番書架。
そこだけ、違っていた。
より古く、より分厚い。
周囲の空気が……重い。
書名は完全には読めない。
記号、異国の言語、奇妙な図表が混在している。
手が震えながら、一冊の本に触れた。
「……これだ。」
「答えはここにある。」
俺は唾を飲み込む。
「全部……動かせ……」
目を閉じる。
本が宙に浮かぶイメージ。
棚が空になるイメージ。
明らかに――不可能な光景。
激痛が頭を貫いた。
書架が激しく揺れる。
本が一冊、また一冊と宙に浮かび始める。
不規則に回転し、勝手に開き、ページが翼のように翻る。
「ぐ……っ!」
俺は膝をつく。
「今は……やめろ……!」
冷たい汗がこめかみを伝った。
その時――
金属が触れ合う、澄んだ音。
俺は凍りついた。
空中の本が、ぴたりと動きを止める。
背後の書架の通路から、静かな足音。
……分かっている。
この音は。
ゆっくりと目を開く。
そこにいたのは――ルン。
白い髪が真っ直ぐ落ち、無表情の顔。
その瞳には、突き刺すような冷たい光。
二つの月刃の円盤が、命令を待つかのように静かに回っている。
「カエリン。」
穏やかな声。
全身が強張る。
「やはりね。」
ルンはゆっくりと歩み寄りながら続ける。
「あなたは、答えを探しに来ると思っていた。」
本が次々と床へ落ちる。
立ち上がろうとするが、脚が震える。
「どうして……」
声がかすれる。
「どうして、みんな……この指輪を……」
ルンは数歩手前で立ち止まった。
「その指輪は――」
冷たく言い放つ。
「この世界のものではない。」
円盤の回転が速まる。
「今すぐ渡しなさい。」
「でなければ――」
「今度は、逃がさない。」
遠くで、再びベニーのいる方向から爆音が響いた。
俺は、挟み撃ちだ。
答えの本たちと――
命を狙う、月の姫の間で。




