セックスのあとで
性行為そのものを表現しているわけではないですし、全然エッチなものでもないのですが、自分では判断できなかったのでR15ということになってます。
セックスを終えると無性に腹が減ってきた。
「あー、おなかすいた」
ベッドに伏している彼に呟く。彼は発射すると早々に睡眠を貪りはじめた。私が最初から存在しなかったような潔さだ。シャワーを浴びて全身の代謝物から解放され、晴れ晴れとした気分であるが、彼には少し呆れた。腰近くまで伸びた髪が濡れているのを手で確かめつつ、溜息をつく。すると一斉にお腹の虫が疼きだして内壁を振動させた。おなかすいたおなかすいたおなかすいた。性欲に代わる内なる欲求がむくむくと生み出てくる。
うー、と彼が唸った。彼の無防備な顔に自分の顔を近づける。私の気配を感じて彼は仰向けになり「しんどいよー」と一言漏らした。あたしさあ、おなかすいたの。パンツを一枚だけ着けた彼に私は訴えた。彼は薄いシーツを引き寄せて私のほうを見ない。
「わかったわよ」
持ってきた小さなボストンバックに衣装なりポーチなりを適当に放り込む。固形物のぶつかる音やナイロン地が擦れる音が部屋を満たす。ひととおりごちゃごちゃさせていると、彼が顔だけこちらに向けて「わかったよ、飯食べよう」と言った。ベッドに座りもぞもぞとシャツを着ている彼が急に愛おしくなって私は抱きしめる。シャツに隠れて前が見えない彼は軽く抵抗していたが面倒臭くなったのか私のされるがままになった。
ホテルを出ると風が少し強くなっていた。居酒屋を探してあてもなく歩く。彼は俯いたまま歩くものだから、危うく自転車に轢かれそうになった。
「危ないわよ、ちゃんと前を見なきゃ」
自分が彼の保護者になったようで、言ったそばから恥ずかしくなる。彼は無言のまま顔をあげて、すぐにまた俯いた。最初は機嫌が悪いのかと思ったけど、疲労によるものらしい。ああ、男って一発のために渾身の力を振り絞るのね。男のことを何も知りもしないくせに、一人で納得する。ホテルの付近一帯を何周かしたところで小さな飲み屋を見つけた。「居酒屋 たく」と赤い光を看板が照らしている。扉は張り紙で覆われて中の様子がよく見えなかった。いらっしゃい。カウンターで大将が声を張り上げる。学生バイト風の女に案内されて私は彼とカウンター席に座った。
「飲み物のほうおさきにお聞きしておきましょうか」
レモンチュウハイ。彼は素っ気なく言った。
「えーと、取り敢えず生中と、鶏のから揚げ、たく風サラダ。それから、イカゲソと刺身の盛り合わせ、で、フライドポテト、枝豆、ミニ親子丼、焼き鳥三種セット、とりあえずこれくらいで」
おいおい注文しすぎじゃないのか、という彼の声を無視して女にウインクし、だされた水をがぶ飲みする。体の隅々まで水分がいきわたり、ひとつひとつの細胞が踊りだした。望むことをしてやったのだから、黙って私に従えばいいのに。料理が来るまでの間、カウンターに並べられている焼酎やら日本酒の瓶を眺めていた。似ているようで一本一本瓶の色やラベルのフォントが違う。普段ビールしか飲まない私には味の違いがわからず、頭がつーんとするなあくらいの認識しかない。
「おまえのこと好きだからな」
思いついたように彼は言った。いきなりすぎるわよ、と私は彼の目線を追う。胸の谷間に向けられた光を見て、男はセックスのことしか考えてないのだなと思った。




