第8話 そっか、鶴海君的には価値があるんだ
俺は伊丹さんの傘に入って帰り始める。家の方向が一緒で本当にラッキーだった。ちなみに傘に関しては俺が手に持っている。
女子に傘を持たせているとクズ男に見えそうだからという世間体的な理由もあるし、身長的に俺が持った方が伊丹さんの負担も少なくなるという優しさもあった。伊丹さんは女子の平均身長よりやや高めではあるが、それでも男子である俺の方が明らかに高い。
「さっきから黙り込んでるけど大丈夫か?」
「……実は男の子と一緒に傘に入るのは初めてだったからさ」
「そっか、確かに相合傘なんて普通は中々する機会はないもんな」
伊丹さんは相合傘という言葉を聞くと顔を赤くしながら再び黙り込んだ。ちなみに俺はというとめちゃくちゃ経験がある。
好感度を稼ぐために傘を忘れてきたやつらとしょっちゅう相合傘をしていた。だが入れることはあっても入れてもらう経験は全くなかったため今の状況はちょっと新鮮だ。
そんなことを思っていると正面から人が歩いてきたため、俺は伊丹さんの方へと体を寄せた。すると伊丹さんは驚きと恥ずかしさが混ざったような表情になる。
「あっ、ごめん」
「大丈夫、急に密着されてちょっとびっくりしただけだから」
「伊丹さんも女子だからその辺りはちゃんと考えるべきだったわ、本当に申し訳ない」
「ううん、どうせ私の体に価値なんてないから」
伊丹さんはいつものネガティブスイッチが入ったようでそう口にした。またもや励ますチャンスがやってきたため俺はすかさず声をかける。
「いやいや、めちゃくちゃ価値はあるだろ」
「そうかな?」
「色白で肌も綺麗だし、スタイルも良い上に顔も可愛いんだなら価値がないはずなんてないだろ。少なくても俺は凄く価値があると思ってるから」
「ふぇ!?」
俺が頭に浮かんできた言葉をひたすら投げかけると伊丹さんはそんな声をあげた。ちょっとやり過ぎた気もするが、俺の表情は真剣だったので嘘とは思われていないはずだ。
「そっか、鶴海君的には価値があるんだ」
「ああ、だから自分の体にはもっと自信を持っても良いと思うぞ」
伊丹さんは顔を真っ赤にしつつも嬉しそうだったので喜んでくれているみたいだ。そういう俺もかなりの快感を得られたため大満足だ。
やはり伊丹さんと一緒にいるとめちゃくちゃ私利私欲が満たせるな。図書室で泣いていた伊丹さんに声をかけた過去の俺を褒めたいくらいだ。
柚月さんといい伊丹さんといいうちの高校には俺の私利私欲を満たせる逸材が多くて本当に助かる。楓姉だけでは満足できなくなっていたからな。それから俺達はそのまま雑談をしながら歩き続け、伊丹さんの家の前に到着した。
「伊丹さんのおかげで濡れずに済んだから助かったよ」
「私こそ鶴海君の力になれて良かった、その傘はまた明日返してくれれば良いからそのまま帰って大丈夫だよ」
「ああ、じゃあまた明日」
伊丹さんが中に入るまで見届けた俺は家に帰り始めたわけだが、もう少しで家に到着するというタイミングで見覚えのある姿が目に入ってくる。
それは歩道の屋根の下で不機嫌そうな表情を浮かべて雨宿りをする柚月さんだった。どうやら雨に巻き込まれたらしい。相変わらず運が全くと言って良いほどないな。俺が家に帰るまでにもう一波乱ありそうだ。