第7話 そう言ってくれるのは鶴海君だけだよ
伊丹さんと一緒に勉強を始めてからあっという間に時間が経ち、時刻はもう少しで十八時を迎えようとしていた。十八時十五分までには学校を出なければならないため、今日はこの辺りで切り上げた方が良さそうだ。
「……そろそろ遅い時間になってきたし、今日はこのくらいにしようか」
「あっ、もうそんなに時間が経ってたんだ」
俺の言葉を聞いて壁に設置時計を見た伊丹さんはそう声をあげた。かなり集中していたので全然気付いていなかったようだ。
「今日も私なんかのために時間を作ってくれて本当にありがとう」
「俺がやりたくて時間を作ってるだけだからそんなに自分を卑下しなくてもいいぞ」
こんなふうに相変わらずネガティブな発言をする伊丹さんへのフォローも勿論忘れない。伊丹さんをフォローするだけでめちゃくちゃ快感があるのだから忘れるはずがない。
「そう言ってくれるのは鶴海君だけだよ」
「それは他の奴らの器が小さいだけだから」
後片付けを終えた俺と伊丹さんは図書室を出る。最終下校時刻間近ということで学内に残っている人は少ない。今の時間まで残っているのは多分部活終わりのやつらばかりだろう。
「そう言えば鶴海君って勉強の時は眼鏡をかけてるよね、もしかしてあまり視力が良くないの?」
「めちゃくちゃ悪いわけじゃないんだけど、字とかが少し見えにくくてさ。だから授業中とか勉強する時だけつけてるんだよ」
「へー、私は昔から視力が悪くて常に眼鏡だからちょっと羨ましいな」
「それならコンタクトにするって手もあるんじゃないか?」
俺の周りでもコンタクト使用者はそこそこいる。例えば雪也は眼鏡は部活の時に邪魔という理由で中学生からコンタクトにしていた。眼鏡からコンタクトに変えてから雪也がモテ始めてイラッとしたのは内緒だ。
「多分私には似合わないよ、あんまりパッとしないキャラだから」
「そんなことはないと思うけどな、結構綺麗な顔だと思うし」
今の言葉はネガティブ発言をする伊丹さんへのフォロー的な意味合いもあったが俺の本音も含まれていた。眼鏡のせいで地味な印象のある伊丹さんだが、顔のパーツ自体はかなり整っている。だから眼鏡を外したらかなり化けるんじゃないだろうか。そう思っていると伊丹さんは明らかに挙動不審主なる。
「あ、あんまりからかわないでよ。びっくりしちゃうから」
「いや、割と真面目な発言なんだけど」
「もうこの話はこれで終わり」
伊丹さんは顔を赤らめながらそう声をあげた。なるほど、普段褒められなれてないからこんなふうになるのか。結構良いリアクションをしてくれたおかげで満足できたし、またタイミングを見計らって褒めてみよう。
そんなことを考えているうちに靴箱に到着したわけだが外から嫌な音が聞こえてくる。それは地面に水滴が落ちるような音だった。
「……まさか雨か?」
「みたいだね、図書室を出た時は降ってなかったのに」
「弱ったな」
まだ梅雨に入る前であり朝見た天気予報も雨が降るなんてことは一言も言っていなかったので傘なんて当然持ってきていない。雨に濡れながら家まで帰るのはちょっとだるいな。
楓姉にでも頼んで持ってきて貰おうか。あっ、でもさっき思いっきりからかったばかりだから流石に助けてくれないか。
かといって楓姉以外にはちょっと頼みづらい。今から楓姉に電話して何とか機嫌を直させようか。頭の中で色々と策を考えていると伊丹さんが救いの手を差し伸べてくる。
「もし良かったら私の傘に入る? 結構大きいから一緒に入っても大丈夫だし」
「えっ、いいのか?」
「うん、日頃勉強を教えてもらってるお礼もしたかったから」
「ありがとう、助かる」
俺は迷わず伊丹さんの提案を受け入れた。日頃の行いが良かったおかけで助かったわけだし、やはり俺がやっていることは何も間違っていないな。