第6話 さっきの人ってもしかして鶴海君のお姉さん?
「もうこれ以上楓姉の相手をする暇はないから用事が済んだんならさっさと帰ってくれ」
「冷たいな、それが未来の妻に対する扱いか?」
「結婚した夫婦なんて皆んなこんな感じだから」
母さんが父さんに大してしょっちゅうこんな感じの扱いをしている場面はよく見かけるし、多分世の中の夫婦の多くはこんな感じだろう。恋人だった頃よりも扱いが雑になるって話はネットやSNSなどでも見るし。
「ということは蓮はもう既に私のことを妻だと思ってくれているわけか」
「どうしてそうなるんだよ」
「そうか、それなら私も妻らしく立ち振る舞わないとな」
「もう好きにしてくれ……」
呆れる俺に対して楓姉はそう口にしながら満足そうに頷いていた。楓姉は昔から物事を自分の都合の良いように捉える癖があったが、その辺りは全く変わっていないらしい。
そんなことを考えていると誰かから視線を向けられていることに気付く。目線をそちらに向けると視線の主は伊丹さんだった。
なるほど、図書室に来たらちょうど俺と楓姉が二人で仲良く話し込んでいたため、離れた場所から声をかけるタイミングを見計らっていたに違いない。そう思っていると楓姉もこちらを見ている伊丹さんの存在に気付いた。
伊丹さんが俺に対して用があると察した楓姉は席を立ちあがろうとする。楓姉はこのまま図書室から立ち去って家に帰るつもりだろう。だがそうはさせない。
「伊丹さん、待たせてたみたいでごめん。たまたま彼女と図書室であったからついつい話してた」
「「えっ!?」」
俺の言葉を聞いた伊丹さんと楓姉は揃ってそう声をあげた。二人ともめちゃくちゃ驚いたような表情を浮かべている。
まあ、俺が突然そんなことを言い始めたんだから驚くのも無理はない。ちなみに俺がこんなことを言った目的は楓姉から日頃本性をバラすとたびたび脅されている仕返しだ。
「……鶴海君って彼女いたんだね」
伊丹さんはなぜかちょっと悲しそうな表情をしながらそう話しかけてきた。それに対して楓姉は完全に黙り込んでいる。どうやら伊丹さんを前にして人見知りとコミュ障を発動させたらしい。
だが、楓姉は顔を真っ赤にしながら目では俺に対してどういうことか説明しろとは訴えかけてきていた。こんな表情の楓姉は普段見られないため中々レアだ。思いっきり狼狽えた楓姉を見て満足した俺は誤解を解くことにする。
「ああ、ごめん。彼女っていうのは代名詞的な言い回しをしただけで恋人とかじゃないから」
「あっ、そういう意味だったんだ」
流石に今の説明ではちょっと無理があるかもしれないと思ったが、予想に反して伊丹さんはすんなりと信じてくれた。どうやら俺が思っていたよりも純粋だったらしい。
「ってわけだから楓姉はもう帰って大丈夫だ」
「……私をからかった罪は重いからな」
楓姉は俺にだけ聞こえる声で短くそう言い残すと図書室から去っていった。何はともあれようやくこれで勉強会を始められる。
「さっきの人ってもしかして鶴海君のお姉さん?」
「えっ、どうしてそう思ったんだ?」
「だってさっき鶴海君が楓姉って呼んでたから」
「なるほど、確かに名前の後ろに姉をつけて呼んでたらそう思うのが自然だよな」
赤の他人に対しては普通はそんな呼び方はしない。もっとも楓姉は姉ではなく歳上の従姉妹だが。俺はそれを説明したわけだが、何故か伊丹さんはほんの少しだけ警戒するような表情を浮かべた。
基本的に俺以外には無害な楓姉に何か警戒するような要素なんてあるのだろうか。まあ、女同士でないと分からない何かがあったのかもしれない。
「じゃあ今日も勉強会を始めようか」
「うん、よろしくね」
今日は数学のためまずは俺が問題を実際に解いてから、類似の問題を伊丹さんに解いてもらう感じで進める。多少時間はかかってしまうがいきなり問題を解かせるよりもこうやって教えた方が理解して貰えやすい。
それに自身でも必ず一回は問題を解くため自分の勉強にもなって一石二鳥だし。自分の成績も落としたくないためその辺りの効率もしっかりと重視しているというわけだ。