第5話 もしかして蓮は私と結婚する約束を破る気か?
高校に入学してから早いもので今日でちょうど二ヶ月となる。最初は新しい環境になれるために必死な同級生達が多かったが、二ヶ月経過して皆んな順応してきた様子だ。
だから最初は柚月さんがアクシデントを引き起こすたびに大騒ぎになっていたが、今ではすっかり日常の一コマになりつつある。
そして俺は柚月さんのおかげでクラスメイトからの評判も非常に良いため、高校生活は順風満帆と言っても過言ではない。そんなことを考えながら俺は図書室へと向かっている。今日は火曜日のため、放課後は伊丹さんと勉強会をする日なのだ。
以前よりは多少マシになってきたが、それでもまだ良いとは言い難いため恐らく次の期末テストでは残念ながら劇的に順位が伸びる可能性はかなり低いだろう。それから図書室に着いた俺が伊丹さんを待っていると後ろから誰かが話しかけてくる。
「その後ろ姿は蓮だろ?」
「誰かと思ったら楓姉か」
後ろを振り向くとそこには楓姉が立っていた。楓姉は手に本を数冊持っていたため借り来たのかもしれない。図書室でよく本を借りているらしいし。
「よく後ろ姿だけで俺って分かったな」
「私と蓮は特別な関係なんだから分かるさ」
「俺達ってそんな深い仲だっけ?」
「当然だろ、苗字も一緒で同じ血だって八分の一も流れてるんだし」
「ただの血縁の話じゃん」
一体楓姉が何を言うのかと思えば想像していた以上にしょうもない話だった。それに八分の一には大して特別感がない。俺が呆れたような表情をしていると楓姉はそのまま言葉を続ける。
「蓮は八分の一なんて大したことがないと考えているかもしれないが、それは凄い数字ってことを理解してないからそう思うだけだ」
「別に興味ないんだけど」
「まあ、聞いてくれ。愛情で結ばれた夫婦でも血の繋がりはない赤の他人だ、でも血の繋がりがあるかもしれない兄弟や姉妹とは残念ながら結婚できない」
楓姉はそんな話をしながら俺の隣りに座り始める。あっ、これは俺に聞く気がなくても一方的に話すつもりだな。てか、兄弟や姉妹と結婚したいなんて普通のやつなら絶対に思わないだろ。そもそも俺に姉や妹はいないし。
「だが、血の繋がりが八分の一であれば普通に結婚できる。つまり蓮に取って私は合法的に結婚できる一番血の繋がりが深い相手というわけだ。ほら、どう考えても特別な関係だろ?」
「なるほど、確かにそう言われると特別って理由は一応理解できる部分はあるな。まあ、楓姉の考えに同意する気はこれっぽっちもないけど」
「せっかく理解までしてくれたんなら同意してくれても良い気がするんだが?」
「だって実際には結婚なんてしないじゃん」
「もしかして蓮は私と結婚する約束を破る気か?」
「そんな約束なんてした記憶俺にはないぞ!?」
さらっと楓姉がとんでもない言葉を口にしたため俺は思わずそうツッコミを入れた。確かに俺はやらない善よりやる偽善がモットーな割とクズな人間だと自分自身でも思っているが、流石に結婚の約束をしておいて一方的に破棄するような非道なことはしない。
そんな本物のクズのようなことなんてしてしまった日には俺の評判がめちゃくちゃ下がってしまうのだから当然だろう。確かに誰かを助ける気持ちに嘘がある俺は偽善者かもしれないが、それは私利私欲を満たすことが目的のため悪人になるようなつもりなんて全くない。
「でも私はしっかりと覚えてるぞ、蓮が将来私をお嫁さんにするって言ってくれたことは」
「いやいや、それって絶対子供の頃の話だろ」
記憶に残ってないくらいなので相当昔の話だろう。流石に本気なわけはないだろうが、ドキッとするのでそんなふうに揶揄ってくるのは辞めて欲しい。