第3話 ぶっちゃけ俺も下心しかないけどな
昼休みが終わってからしばらくが経って最後の授業である七時間目に突入した現在、俺は真面目に授業を受けていた。これは教師ウケを狙うという意味も勿論あるが、地頭自体はそんなに良い方ではないため、普通に成績を向上させることが一番の目的だったりする。
正直勉強はあまり好きではないが良い成績を取ると親や教師からチヤホヤされて気分が良いので頑張っているというわけだ。
七時間目は中学時代から得意だった英語のため、積極的に手を上げて内申点を稼ぐゆとりもある。そんなことを考えていると黒板に英文を板書をしていた教師が振り向き口を開く。
「じゃあこの英文を柚月さんに日本語訳して貰おうかしら」
「……えっ」
突然教師に指名された柚月さんは驚きの表情を浮かべていた。さっきまでは席順で指名していっていたので、まさか自分が当てられるとは思っていなかったのだろう。動揺しつつも立ちあがろうとする柚月さんだったが、勢い余って足を滑らせる。
何とか踏みとどまったものの盛大に机を押し倒してしまい、上に置いていた教科書や筆記用具が散らばってしまう。その上、リュックサックに入っていた水筒が落下した衝撃で中に入っていたお茶が漏れ、だんだんと床が濡れ始める。
そのため授業は一時中断となった。同級生達がまたかと言いたげな表情をする中、俺は颯爽と柚月さんのもとへと駆けつける。内心はうきうきしていたが当然表情には出さない。
「俺も片付けを手伝うからさっさと終わらせよう」
「……助かるわ」
昼休みに引き続き盛大にやらかした柚月さんは割とへこんだ様子であり、いつもよりも素直で覇気がなかった。まあ、今日は一日で二回もアクシデントが起こっているため当然か。
普段は一回しか起こらないことがほとんどなので今日は特に運が悪かったのだろう。俺としては柚月さんを助けるだけで評価が上がるため、二回でも三回でも全然構わないが。
その後は特にトラブル無く片付け終わり授業が再開されたわけだが、教師は先程の事態を引き起こした発端が自分にあると考えたようで全く指名をしなくなっていた。
その代わり、挙手を求めて発表する方式になったため俺は内申点を稼げて満足だ。それから掃除と帰りのホームルームを終え家に帰ろうとしていると柚月さんが話しかけてくる。
「毎日毎日トラブルの後始末にばかり付き合わせて悪いわね」
「気にするな、俺がやりたくてやってるだけだから」
「あんたって凄まじい物好きだと思うけど、変わってるとか言われないわけ?」
「うーん、どうだろう。一部の失礼な奴からはクズ人間扱いされてるけど」
一部の失礼な奴とは勿論雪也のことだ。確かに俺のやっていることはあまり良い趣味とは言えないかもしれないが、助け自体にはなっているのだからクズ人間扱いされるのはちょっと納得出来ない。
「ふーん、鶴海をクズ人間扱いするってことは相当立派な人格者なのかしら?」
「いやいや、あいつが人格者なら俺は聖人君子になれるレベルだから」
あのいけ好かないイケメン幼馴染なんかよりも明らかに誰かの役に立つことをしているのだから、俺の方が遥かにえらいに決まっている。
「まあ、いいわ。とりあえず今日も鶴海のおかげで助かったし、一応感謝してあげるわ。有り難く思いなさい」
「柚月さんは今日も平常運転だな。まあ、褒め言葉として受け取っておくよ」
「今後もせいぜい私を一生懸命助けることね」
柚月さんはそう口にしながら教室を出て行った。相変わらずツンツンしている柚月さんだが、これでも最初の頃よりはだいぶ柔らかくなった方だ。一番初めに助けた時なんかはあからさま警戒したような表情をしていたし。だから今はそこそこ信用して貰えていると思う。
柚月さんは生まれてからずっと不幸体質っぽいので、もしかしたら過去に嫌なことでもあったのかもしれない。ルックスは学校でもトップクラスに良いため、下心目的で近付く輩がいたとしても全く不思議ではなかった。
「ぶっちゃけ俺も下心しかないけどな」
もっとも、俺の場合は承認欲求や自己顕示欲を満たすことが目的のため性的な下心とはそもそも種類が違う。女子はそういう部分にはめちゃくちゃ敏感とはよく聞くし、それが全くなかったおかげで心を開いて貰えたのだと思う。
そのせいか、最近向こうから絡んでくる頻度が尋常じゃないくらい増えたが、きっと俺の助けを無意識に求めているからに違いない。