第2話 ああ、だから伊丹さんには勉強の教えがいがある
トイレから戻った俺は友達数人と一緒に昼食をとった後、教室を出て図書室へと向かう。昼休みは基本的に毎日図書館で過ごしている俺だったが、これには理由がある。
「鶴見君、こんにちは」
「伊丹さん、今日もよろしく」
図書室に到着した俺は眼鏡をかけた真面目そうな女子、伊丹沙也の隣に着席した。伊丹さんに勉強を教えるために昼休み図書館に来ているのだ。
伊丹さんは真面目そうな風貌をしていながら成績がめちゃくちゃ悪い。五月にあった中間テストでは最下位に近い順位だったようで図書室で泣いていた。しかも俺が読書をするために座っていた席の隣で。
その姿を見て俺はいたたまれなくなった……わけではなく、私利私欲を満たせそうだったから声をかけた。俺は前回の中間テストでは学年で成績上位の十パーセント以内に入っていたことからも分かる通り勉強はかなり得意だ。
それから昼休みや放課後に勉強を教えるようになったわけだが、柚月さんを助ける時とは別の快感があるため実に気分が良い。高校に入学してから状況が一変した二つ目の理由がこれだ。図書室で勉強を教えている理由は俺とクラスが違う上に、教室だと伊丹さんが恥ずかしいからという理由だったりする。
教室の方が皆んなにアピールできるため本当は良かったのだが、伊丹さんの成績があがれば俺の評価もあがるため別に良い。仮に成績が良くならなくてもそれを口実に勉強会を続行できるため、どちらにせよ俺の欲望は満たされるというわけだ。
「あっ、そこは過去形じゃなくて過去分詞形が正解だ」
「あっ……」
練習問題を解いている伊丹さんを横から見ていた俺がミスを発見してそう伝えると明らかに落ち込んでしまった。ひとまず俺は解説する。
「過去形は過去を表現する動詞なのに対して、過去分詞形は動詞が形容詞化したものだから今回はそれが正解って感じかな」
「中学校の時にも習ったはずなのに私って本当駄目だね」
伊丹さんはかなりネガティブなため、こんなふうによく自分自身を卑下するような言葉を口にするのは日常茶飯事だ。そんな伊丹さんに対して俺は励ましの言葉をかける。
「この問題は結構皆んな引っかかるからそんなに気にする必要はないぞ、それに隣の問題はちゃんと正解してるから前よりもしっかりとレベルアップしてるし」
「……本当?」
「ああ、だから伊丹さんには勉強の教えがいがある」
この言葉に関しては嘘ではない。伊丹さんは引っ掛け問題に面白いくらい引っかかるため、それがなぜ違うのかを理解させると大きな達成感がある。だから中途半端に成績が良い人に教えるよりも、全く駄目な伊丹さんに教える方が圧倒的に欲望を満たせるのだ。
「そう言ってくれるのは鶴海君だけだよ、私に勉強を教えてくれる人は皆んな途中でイライラし始めるし」
「そいつらは勉強を教えるセンスがないだけだから気にしなくてもいいと思う」
そう口にする俺だったが伊丹さんに勉強を教える人がなぜ途中からイライラするのかに関しての理由は分かっている。それは伊丹さんがあまりにもネガティブ過ぎるからだ。
だから皆んなイライラしてしまうのだろう。俺の場合はネガティブな発言をしてくれた方が慰めがいがあるため全く問題なかったが。
つまり勉強ができない上にネガティブな発言の多い伊丹さんも、柚月さんと同じく俺の私利私欲を効率よく満たせる相手と言える。だから伊丹さんは成績が上がったとしても何かしらの口実を作って関係をキープしたい。
まさか伊丹さんも俺がそんなクソみたいなことを考えているとは思うまい。まあ、俺のおかげで前より少しずつではあるが問題を解けるようになっているので伊丹さんの助けにはなっているはずだ。
雪也は俺に対して善人の皮を被った承認欲求と自己顕示欲を求めるモンスターだとか失礼なことを言ってくるが、やらない善よりやる偽善の方が良いと考えているため悪いとは一ミリも思っていない。
もっとも俺は初めからこんな性癖を持っていたわけではなかったりする。俺がこうなってしまったのは小学四年生の時に迷子になっていた子供を助けたことがきっかけだ。
ショッピングモールで迷子になっていた子供を助けた結果、俺は親や教師からめちゃくちゃ褒められた上に全校集会で表彰までされた。
その時に凄まじい快感を覚えてしまった俺は、同じ快感を求めて人助けをするようになったというわけだ。そんなことを思い出しながら勉強を教えているうちに昼休みの終わりが近づいて来た。
「よし、とりあえず昼休みはこのくらいにしようか」
「今日もありがとう、いつも付き合わせちゃってごめんね」
「いいって、俺がやりたくてやってるだけだからな」
申し訳なさそうな表情をする伊丹さんにそう声をかけるとパッと明るくなる。内心はちょろいと思っているが、当然口には出さない。最近では熱っぽい視線をたまに向けてくるし、これは間違いなく俺を尊敬しているはずだ。
「じゃあまた明日よろしくね」
「オッケー、またこの辺りに座ってるから」
俺はそう言い残すと席を立って教室に戻り始める。ちなみに放課後も勉強を教えている日があるが、それは火曜日と金曜日だけだったりする。部活に所属していないため時間はあるが、毎日というのは結構大変だからな。
流石に自分の自由時間を大幅に削るのはしんどいのだ。かと言って自分の私利私欲も満たしたかったため、バランスを考えて火曜日と金曜日だけ放課後も付き合うという形で落ち着いた。