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前編

事の始まりは母親が新聞の小さな記事を見つけた事だった。

その日も仕事が終わり家に帰り、席につけば自動で晩御飯が出て来る事に感謝をしつつ、ニュースを見ながら箸を進めていた。

職場が実家から近い事もあり、社会人になった後も実家に居続けている。

母親はすでにニュースも見飽きたのか、新聞の文化欄を読んでいた。

「あら、これって智樹君じゃない」

そう言って新聞をこちらに渡し、一部分を指さしてきた。

読んでいたのが全国紙ではなく地方紙だった事もあり、住んでいる地域にある美術館や博物館などの企画展の案内や休館予定が一覧で乗っている箇所。

市民向け画廊の企画の案内に「中島智樹 個展」と書かれていた。

彼とは小学校以来だから十年以上会っていない。確かに彼は絵が得意だったが、個展が開催できるほどの才能を持っていたのか。

新聞の小さな欄の更に一覧の一部。書き込める文字数的にも限りがあり、得られる情報もまた少ない。

その為、一つの疑問が浮かび上がる。

「もしかして同姓同名の別人だったりして」

「そうだとしたら、これだけじゃ判別ができないわね」

「気になるし後で検索してみる」

それだけ言って、その場の会話は終了した。

食べ終わった後に、自室でくつろぎながらも先ほどの新聞の一文が気になり、検索をかけてみる。

情報はすぐに見つかった。

「・・・え」

読んでいくうちに驚きを覚える。

個展の詳細には次のように書かれていた。

「病により夭逝したアマチュア画家の中島智樹氏を偲び、彼の遺族の意向により開催する運びとなりました」

そして一緒に掲載されているその中島智樹の生前の写真は、療養中だったのだろうか点滴が繋がれやせこけた顔をしていた。

その顔には十年以上の歳月で成長はしているのものの、私が知っている智樹の面影が残っていた。

私は彼が亡くっている事を知らなかった。母親もあの口ぶりからして知らないのであろう。

移住をきっかけに離れ離れとなり、その後は連絡らしい連絡もとりあわず今に至ってしまった。

今更後悔しても後の祭りだが、もっと頻繁に連絡を取り合っていれば生きているうちにお見舞いも行けたかもしれなかったのに。

個展の会期を見てみるとどうやらすぐに終わってしまうようだ。その短い会期も間にちょうど自分の仕事の休みの日がある。

場所を手帳のスケジュール欄に書き込み、絶対に忘れたりしないように赤いまるで囲った。


私と智樹ともう一人、隆二。

小学校時代の三人はいつも一緒に居た。

私達三人は山間にある小さな集落で生まれ育った。

集落からふもとの街まで車で小一時間という事もあり、集落内に小学校分校が設置されておりそこに通っていた。

小さな集落の為、当然子供の数も少なく一つ上の学年もその上の学年も児童数は0人だった。

私達の後にも子供が居ないため、私達の代を最後にその小学校分校も閉校してしまった。

最後の卒業式は集落総出で、盛大に執り行われた事を覚えている。

その後は親に車を出してもらい、ふもとの中学校に通っていた。

しかし、それは長く続かなかった。

中学に上がってすぐの頃に、大雨で地盤が緩み大規模な土砂災害が発生した。

幸いにも民家などがある場所ではない所で発生したため、直接被害にあう人は居なかったが、集落にとっての生命線とも言える道路が広範囲にわたって寸断された。

長時間をかければ山を越えて他県に出る道は残されていたので、完全に孤立したわけではないにしろ、集落への被害は甚大だった。

集落の大人達は役所に道路の復旧を強く求めた。

しかし、役所はいい返事をしなかった。その事に憤慨する大人達の姿は忘れられない。

今から振り返って冷静に状況を考えれば、道路の復旧にかかる膨大な費用とその恩恵を得る集落の人口の少なさの天秤が、役所は気になったのだろう。

時期的に考えれば小学校が閉校した後だから、外から来ていた小学校の先生などはすでに集落から引っ越していたから少ない人数が更に減っていたはずだ。

色々な理由が重なりあい、結局のところ役所は復旧を断念した。

代替策として、私達中学生3人の家族などふもとの街まで下りる用が多い人を中心として、移住してくれればその移住費用の一部を肩代わりするという策を提案してきた。

私達3人の家族はそれぞれその案を受け入れ、移住することになった。

移住先が近所であればまた同じ中学校に行けると思っていたが、そうはならず私達はばらばらの中学校に転校することになった。

そんな経緯が有った為、彼らとの記憶のほとんどは、あの山間の小さな集落の中で駆けずり回った事ばかりだった。

先陣を切って駆け出す隆二、その後を追う私。その頃から病弱だった為、遠巻きに私と隆二を眺めていた智樹。

それが勉学となると立場が逆転する。優秀な智樹と最下位争いをする私と隆二。

私達はこれと言って大きな悩みも無く、毎日を楽しく暮らしていた。

それだけ仲が良かったからこそ、移住した後に忙しさにかまけて連絡をしなかった自分を恨めしく思う。

もっと頻繁に連絡を取り合っていればもっと早く彼の事を知れたかもしれないのに。

どんなに後悔しても過去は変えられない。ため息を付いて手帳を閉じた。


次の休みの日。こざっぱりと身支度を整えて画廊に向かった。

正直これまで美術とは縁遠い生活をしてきた為、たとえ市民向けの画廊だとしてもどの程度の服装で行けば良いのか分からなかった。

画廊にとって自分が異質な存在に感じられて、気後れしながらも入り口を入った。

入ってすぐに受付があり、一人の女性に声をかけられた。

「ようこそ、いらっしゃいませ」

反射的に会釈を返してから、相手の顔を見た。見た直後には分からなかったが記憶の中からそれが誰かが判明する。

それは向こうも同じだったらしく、先ほどの機械的な挨拶とは違う少し高い声色で尋ねられる。

「もしかして、遥ちゃんかい」

「ご無沙汰してしまってすみません。おば様」

そこにいたのは智樹の母親だった。十年以上の歳月で記憶よりも老けてはしまっているが、それでも見間違えるほどの変化でもない。

「あの子の為にわざわざ来てくれてありがとうね」

「こちらこそすみません。智樹君がこんな事になってるのを全然知らなくって、」

「あら、いいのよ。あの子が自分から葬儀は内内だけで簡単にやってくれって言ってたから」

智樹の母親は笑顔で応えてくれたが、そこにはどうしても陰りを感じてしまう。

気丈に振舞ってはいるが、未だに心の整理がついていないであろう事は簡単に分かる。

「そうだったんですか。今度、線香をあげに伺ってもよろしいでしょうか」

「それはあの子も喜ぶんじゃないかしら。この個展の会期中は私が忙しいんだけど、終わった後で良ければ是非とも来てちょうだい」

「はい。わかりました」

「じゃあ、せっかく来てくれたんだし、あの子の作品をゆっくり見て行ってあげてね」

うながされてその場で見渡すと、数枚の絵画が目に入る。そのどれもが風景画だった。

「彼って風景画を描いていたんですね」

「そうね。調子が良い時にあちこち外出して色んな風景を目に焼き付けて、具合が悪くなってベッドから動けなくなると、筆を持ってキャンバスに向かう。そんな日々の繰り返しだったわね」

遠くを見つめる智樹の母親には、彼が生きていた頃の記憶がありありと思い出せているのだろう。

「ああ、ごめんなさいね。ぼーっとしちゃって。あの子の為にもゆっくり鑑賞していってね」

「ありがとうございます」

会釈を交わしてから、中を見て回る事にした。

一点一点じっくりと見て、説明文も読む。

彼の作品はさっきも話題に出たように風景画が中心で、いろいろな場所の眺めがよい風景を切り抜いてきたかのように絵に描かれている。

風景画の中の空模様もそれぞれ違い、説明文を読む限りその風景を実際に目にした時の空模様をそのまま書き表しているらしい。

素人の自分には凄い以外の感想が出てこないのが悔しい。

全体の半分ほどをゆっくり鑑賞し終わった頃に入口付近が騒がしくなる。

どうやら私以外の来場者が来たらしい。間仕切りで区切られている為入口の様子は確認ができない。

智樹の母親は今度もまた、来てくれた事に感謝するように、また再会できた事を喜ぶように少し高い声色でその相手と会話をしていた。

会話がひと段落した所で、智樹の母親の声が画廊の中に響く。

「遥ちゃん、ちょっと来て」

突然の呼び出しで驚きながらも、途中まで進んでいた画廊の中を逆走し入口まで戻る。

「何かありましたか」

そう言いながら入口に顔を出すと、やはりそこには一人の来場者が居た。

その男は私を見るなり驚きながら口を開いた。

「遥って、本当に遥じゃん」

当然の事をまるで驚愕の事実のごとく口走っている男の顔もまた、私には覚えがあった。

「・・・隆二、君」

「おう、久しぶり。正に偶然だな」

「あら、てっきり二人で合わせて来てくれたのかと思ったわ」

「いえ、本当に偶然です。俺の仕事がたまたま今日休みだっただけで」

あの集落に居た時に、私も隆二も何度となく智樹の家に遊びに行った。もちろん私の所や隆二の家でもよく遊んだ。

そんな仲だから、私も隆二も智樹の母親と親しかった。

あの頃だったらここに智樹も混ざっていたはずなのだが。

「あ、そうだわ。せっかく二人が揃っているなら、是非とも二人に見てほしい作品があるの。

きっとあなた達なら色々分かるんじゃないかしら」

そう言って智樹の母親は画廊の順路を進んでいく。

他の作品よりも一回り大きいサイズの作品の前で立ち止まる。

「この作品。あの子の遺した最後の先品」

一見すると他の風景画と変わりが無いように思えるが、よく見ると違う要素が有った。

影で表された人が描かれている。それも複数人。

楽しそうな3人の子供と思われる影は一人の大人と思われる影の手を引っ張り、どこかへ導こうとしていた。

導かれる先には一本の巨木とそれを覆うように広がる森。

「・・・これって、小学校の裏手の森じゃね」

隆二の一言によって私も気が付く。集落の小学校分校、その裏手には森が広がっており、確かに風景画に描かれているように巨木が一本あった。

「そういえば有ったね、こんな感じの大きな木。誰かさんが登ってる最中に足を滑らして落っこちた木」

「・・・余計な事まで思い出すなよ」

彼にとってはあまり思い出したくない類の記憶だったらしい。そんな彼を見てほほ笑む。智樹の母親もまた私たちの会話を聞いて微笑んでいた。

「そうすると、このちびっこ3人は俺達か」

「そうだろうね。これが私で、これが隆二君でこれが智樹君、かな」

「いや逆じゃねぇか。こっちが俺だろう」

二人で笑いながら指摘しあう。こんな鑑賞方法は正しいとは思えないが、少なくとも私たちにしかできない方法で彼の遺作を鑑賞した。

その作品をじっくりと鑑賞した後、隆二は智樹の母親に質問をする。

「これだけあの森がそのまま描かれてるって事は、他の作品もモチーフの場所が有ったりするんですか」

「そうね。どれもこれもあの子が自分の目に焼き付けた風景を描いたものだから。当然そんな遠出をするわけには行かないから、本当はご近所さんの風景も結構有ったりするんだけどね」

「へぇ。やっぱりあいつの才能はすごかったんだな。俺じゃあこんな綺麗な絵、たとえ写真を見ながらだって描けねぇもん」

「ありがとうね。あなたたちみたいにそう言ってくれる人居てくれれば、この個展を開いたかいが有るわ。

あの子へのこの上ないはなむけの言葉になるわ。」

三人の間に少ししんみりした雰囲気が流れたのを感じ取ったのか、智樹の母親はことさら笑顔で言葉を続けた。

「せっかく来てくれたんだし、他の作品もゆっくり見て行ってあげてね」

「ええ」

そこからは隆二と共に一枚一枚じっくりと鑑賞した。時折、隆二はその風景画のモチーフの場所が分かった時などは、それを口にしていた。

細かい描き込みをじっくり見たり、それぞれで全く違う空模様などを考察したりしながらゆっくりと画廊の中を回った。

出口につく頃には普段では絶対に使わないような頭の部位を使ったのもあって、少し疲れていた。

智樹の母親に丁寧にあいさつをして、画廊を出た。

画廊を少し離れた所で隆二が話しかけてくる。

「ああいった場所ってよく行くの」

「全然。今回が初めて。普段使ってない頭使って、へとへと」

「俺もだ。せっかく再開できた事だし、時間あるんだったらどこかでゆっくり話するか」

「いいよ。智樹君の事も色々語り合いたいしね」

二人で近くの喫茶店に入り、適当に飲み物を注文する。

話題は当然、智樹の事が中心となる。

今回の個展を知った経緯は、隆二も私と似たようなもので、それまで智樹の夭逝については全く知らなかったらしい。

「おばさんも俺たちぐらいには教えてくれても良かったのにな。あれだけ仲が良かったのを知ってたんだから」

隆二もまた後になって知る羽目になった事を、あまり良しとは思っていないようだ。

「智樹君自身の願いだったみたいよ」

「あいつも何考えてたんだか」

「・・・」

言われて思う。私も隆二もあの移住以降、智樹に会う事が無かった。あれだけ仲が良かったからいつでも連絡を取り合えるだろうと高をくくっていた。

その間に智樹は絵に対して真剣に向き合ったり、病気が悪化したり、おおよそ波乱万丈だったのだろう。

しかし、その様子を私は全く知らない。もっと早く連絡を取って知ろうとしていれば、もしかしたら何か変わっていたのだろうか。

私がそんな物思いにふけっている間に、隆二は思い出を記憶の片隅から引っ張り出していた。

「遺作の絵にも描かれていた、小学校裏手の森の巨木。あの木の根元に埋めたんじゃなかったっけ」

「何を」

「覚えてないのか、タイムカプセルだよ。卒業式の日に俺たちで埋めただろ」

「・・・ああ、そういえば」

言われて思い出す。集落の全員が集まって壮大に執り行われた、あの小学校での最後の卒業式。

目まぐるしい一日であり印象に残る出来事も多くあった。それら他の出来事に圧倒されて少し印象が薄くなってはいたが確かに行った。

行事の一環というわけではなく、たしか隆二の思い付きでやることになり、自分たちで準備をして穴を掘りそして埋めた。

言われてみればその場所は確かに巨木の根本だった。

「思い出した、三人で埋めたやつだね。確か二十年後に掘り出そうって約束だっけ」

「そう。だけどこんな事になっちまったからな、予定よりは少し早いけど今がその時期じゃねぇかなって、思ったわけよ」

隆二の提案に反対する理由も特に見当たらない。

「そうだね。いいと思う」

私たち三人が勝手に埋めたタイムカプセルなのだから、その開封時期を変更する事だって出来る。

「そうだ、智樹君の分はおば様に渡せばいいんじゃない。あの個展が終了しておば様が落ち着いたら、お焼香に行かせてもらう予定だし」

「だな。俺たちが持っているのもなんか違う気がするしな」

計画が決定して、お互いの休みの日を確認し決行日を決めた。

「あそこに行くのも十年以上ぶりだな」

記憶の中の集落の様子を思い出す。登下校時に声を掛けてくれた優しい大人たちや両脇に田畑しかないあぜ道。

そんな私の望郷の念をかき消すかのように、隆二が声をかけてくる。

「あの頃のような場所じゃなくなっちまったぜ」

「え」

驚きで返答の言葉も思いつかない。そこに隆二が更に言葉を重ねてくる。

「俺の父親の顔が広かった事は覚えてるだろ。だからあの後の集落の様子も父親に噂が流れてきていた。それで知ってるんだが」

「・・・」

「俺らの家族が移住した後も、結構な数の人があの集落から移住した。若い人を中心としてな。

結局、あの集落に残ったのはじい様やばあ様ばかり十人ほど。

そのじい様ばあ様も亡くなったり、足腰が弱って子供たちの居る所に引っ越したりして減っていった。

それで二年前、あの宮田のばあ様覚えてるだろ。最後の一人だった宮田のばあ様が亡くなった」

「・・・」

「つまりあの集落は二年前から無人って事だ。行き来する人間が居なくなった場所がどうなるかは大体予想が付くだろ」

それは結構衝撃の事実だった。勝手にあの集落は今もあの時のまま存在していると思い込んでいた。

それが二年も前から誰も住んでいないとは。

勝手な幻想が無慈悲な現実に打ち壊された。その衝撃にうつむくしかできなかった。

「それもタイムカプセル開封の時期を速めた一因でもあるんだ。もう数年も待っていたらどこまで森になっているか分かったもんじゃない。

そしたら開封どころか見つける事すら出来なくなってしまうかもしれない」

「・・・智樹君やおば様のためにも今掘り出す方がいいね」

「そうだな。じゃあ今度の休みの日に」

その後も色々と昔話をして、その日はそこで隆二とわかれた。


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