09
がさりと茂みが揺れる。そこから姿を見せたのは、リーズがこれまで一度も見たことがない動物だった。四つ足で真っ白な毛並み、猫のような顔をしているが一般的な猫の何十倍も大きい。額には額に立派なツノが一本生えていて、それがこちらを威嚇している。
「なに、あれ」
「魔物だな」
「魔物……」
魔王が復活したというのならば魔物も一緒に復活する可能性は大いにある。だからリーズの目の前に魔物が現れたとしてもおかしな話ではない。
やはりこの子供は魔王なのだ。リーズはそう確信する。
「大人しいタイプの魔物のはずなんだが」
「どう見てもこっちを狙ってるじゃない」
魔物はこちらを警戒しながらもじりじりと距離を詰めてきている。あんな大きな身体で突っ込んで来られでもしたら大惨事だ。今にも突進してきそうな様子に、逃げなければ命はないと感じる。しかし魔物相手に逃げ切れる自信はない。
「キミ魔王なんでしょ? どうにかしてよ」
魔物は魔王に従うものだろう。この子供が魔王ならば、この状況をどうにか出来るじゃないか。しかし魔王はあっさりとそれは無理だと否定される。
確かに魔王がリーズを助ける理由はない。勘違いではあるが死んでもらうなどと物騒な事を叫んでいたし、そもそも魔王が人間を助けるなんて事、有り得ないだろう。
しかしそうなると自分でどうにかするしかない。狩りの道具なんて今は持っていないし、何か武器になりそうなものはないかと辺りを見回すが、魔物はリーズに向かって突進してくる。
「……っ」
狩りに慣れているがこんな大きな動物と対峙した事なんて一度もない。しかも相手はただの動物ではない。獰猛で残虐と言われている魔物だ。
丸腰のリーズに出来る事などほとんどない。一瞬の時間で考えついた作は粗末なもので、突進を上手く躱しながらツノを掴んで軌道をずらし、魔物の向かう方向を変えるというものだった。上手くいけばそのまま木に衝突してくれるかも知れない。そうすれば次の手を考える時間が稼げる。
(これしかない……っ)
「メル、危ないから離れてっ」
言いながら魔物に向かって走り出し、衝突する手前で右に躱すと魔物のツノを掴む。少しでも軌道をずらそうと手に力を込めると、パキンと音を立てて至極簡単にツノが折れてしまった。瞬間、魔物はぐるんと白目を剥いてその場に倒れ込んだ。
「え」
突然の出来事で状況が掴めないリーズは倒れて動かなくなった魔物を見つめながら既視感を覚えた。
(さっき魔王を手で払った時と似てる)
瞬時に作戦を立てたリーズだが絶対に上手くいくという確証はもちろんなかったし、まさかこんなにあっさりと魔物を倒せるとは思っていなかった。
これまでの十七年、自分の力が強いと感じた事はない。狩りのセンスがあると父から言われた事があるがそれくらいで、一般的な平凡な人間として生きてきた。力が漲るような感覚もないし、リーズは自分の中で起きているかも知れない変化がよく分かっていない。
しかし危機を脱することは確かで、リーズは起き上がる様子のない魔物を前に安堵の溜め息を吐いた。