05
「ありがとう、本当に優しいんだね」
リーズは人差し指の腹で小鳥の小さな頭を撫でると、今度は嬉しそうに目を細めた。ひとしきり撫でたあと、小鳥から視線を外した先に静かに佇む墓石が視界に映る。
こんな森の奥深く、花を手向ける者もいないだろう。何度もここへ来ているが、誰かと遭遇した事は一度もない。
昔はリーズが森に咲く花を摘んでいったりしていたが屋敷へ行ってからは一度も来れていないので、ここに埋葬されている誰かはずっとひとりぼっちだったのだ。
リーズはお墓の下で眠っているのが誰かは知らないが、その孤独を想像してしまう。
(私と、同じね)
互いにひとりぼっちなのだと思うと堪らなく、叫び出したい衝動に駆られる。子供の頃からずっと押し込めてきたものが奥底から這い上がってきて、このままではいけないとリーズは息を止めてやり過ごそうとするが、裏腹にそれはどんどん大きくなっていく。
(泣いたら、ダメなのにっ)
そう思ったあと、でも自分が泣いたところで咎める人間はもういないのだと気付いた瞬間もう無理だった。
「うっ……」
じわりと目尻に滲んだ涙が一粒ぽろっと零れ落ちると、堰を切ったように涙がいくつも溢れてくる。
突然泣き出したリーズに慌てている小鳥が見えて、大丈夫だからと小鳥を安心させるように笑顔を作る。けれど涙は止まらない。
それはそうだろう。
こんな風にちゃんと泣いているのは記憶のある限り初めての事で、初めての体験をしているリーズは涙の止め方が分からないのだ。目は熱いし鼻の奥がつんと痛い。勝手に鼻水が出てきて不快感が募る。上半身を起こし、涙を手の甲で拭っても、流れ続けるのでキリがない。
ず、と鼻を啜りながら止まらない涙に困惑し始めたところで、突然地面が揺れ始めリーズは慌てて立ち上がった。
「な、何っ?」
涙でぼやける視界の右側、お墓がある方から強い光を感じて視線を向けるが、あまりの眩しさに目を瞑ってしまう。
(一体何が起きているの?)
どうにか薄目を開けて辺りの様子を探ってみると、お墓から光の柱が昇っているようだった。こんな現象が起きたなんてこと、これまで一度もない。このあと何が起きるのか想像もつかないリーズは、ただ光の柱を見ていることしか出来なかった。
すると今度はぱんっと大きな破裂音と共に光の柱が爆ぜ、いくつもの光の粒子になる。少しするとその粒子もすっかり消え辺りに静寂が戻り、リーズだけが取り残された感覚に陥った。
「なんだったの?」
『リーズっ、大丈夫?』
「うん平気、それより今の光は──」
そこまで言って、リーズは今自分は誰と会話をしているのだろうかという疑問が浮かぶ。ここにはリーズと小鳥しかいなかったはず。声がしたのはリーズの左肩の近くで、見るとそこには小鳥が乗っている。
「ねぇ」
『なあに?』
試しに声を掛けると返ってきたのは鳴き声ではない。
「えっ、喋れるの?」
『えっ、私の言葉分かるの?』
会話が成立していることに驚きを隠せず、お互い顔を見合わせてしまう。驚きが続いたお陰で止められなかった涙は引っ込んで、浮かんだ疑問が口から飛び出した。
「なんで? どうして突然キミの言ってる事が分かるようになったの?」
『そんなの私が分かるわけないじゃない。リーズこそ何か知ってるんじゃないの?』
「だから私だってなにも」
言い合いながらも、一人と一羽の脳裏には、同時に原因として考えられるものが浮かぶ。揃って視線を向けたのは今しがた光の柱を放ったお墓だ。
しかしお墓をじっと見つめるが、いつもと変わりないように見える。もっと近くで見れば何か分かるかも知れないとお墓との距離を更に縮めたリーズの目に入ったのは、墓石代わりの魔法石に入った小さなヒビだった。