04
屋敷を出てから数日、リーズと小鳥は順調に森の中を進んでいた。食料は買っておいたパンや干し肉があったし、道中で人間が食べても問題ない果実や木の実を見つけてはバッグに補充している。寝床に関しては父と共に野営をしたことがあったのと、リーズがどこでも寝られるタイプだったので特に問題なかった。
途中茂みに隠れた小さな池を見つけ水浴びも出来たので、あと三、四日は余裕だなと思っていた矢先のこと。リーズは辺りになんとなく見覚えのある景色が混じり、慣れ親しんだ空気に変わっていくのが分かった。
(もう西の森に入ったんだ)
どこの森も空気は澄んでいるが、その森の特徴というものがある。森の中に住んでいる人間ならば分かるくらいの小さな違いで、リーズもそれを敏感に察知したのだ。
西の森に入れば家まで一日と掛からない。やはり森の中を突っ切ってきるお陰で随分ショートカットが出来たようだ。
「もうちょっとだよ」
肩に乗っている小鳥に話し掛け、あともう少しだとぐんぐん歩いて行くと、よく知った場所に辿り着きリーズは足を止めた。
「あれ? ここって……」
家の方角より少し南に位置しているはずなので、気付かない間に道を逸れてしまっていたらしいが問題はない。ここへは子供の頃から何度も訪れているので、家への帰り道は最短で頭に入っている。
(少しここで休憩していこう)
森の奥、人目につかないようにひっそりと在るそれは大きめな魔法石が祀られているように見え、祭壇か何かだと思う者も多いだろう。だが実際は違い、魔法石を墓石とした何者かのお墓だ。
誰がここで眠っているかは分からない。だがリーズはこの場所が好きだった。
子供の頃からひとりになりたい時はこっそりここへ訪れている。どうしてかこの辺りには動物が近寄ってこない。そのお陰で何に邪魔される事なくひとりになれた。
(あれ? この子は大丈夫なのかな)
肩に止まったままの小鳥へ視線を向けるが、特に変わった様子はない。それならば大丈夫かと、リーズは昔していたようにお墓のすぐ傍に寝転がった。小鳥はパタパタと羽ばたいてリーズの胸の上に移動する。
(いつ来てもここは変わらないな)
雲がゆっくりと空を流れ、目を瞑ると風に揺れる木々の音しか聞こえない。リーズの一番、心落ち着ける場所。
父も母もここに近付いてはいけないと言っていたが、どうしてなんだろうと昔から思っていた。生き物が寄って来ないという事は危険な動物に遭遇する確率はゼロに等しい。森の中で一番安全と言っても過言ではない。だというのに、お墓に近付いてはいけないなんて意味が分からなかった。
(だからこっそり来てたんだよね)
一度バレてそれはもう怒られたがそれでも懲りずに訪れていた。大体泣くなと無理難題を押しつけられ、どうにかそれをこなせるように努力しているんだからこれくらいの我儘は許してほしい。泣くな笑うなと、我儘なのは両親の方だ。
(でももう、二人ともいないのか……)
ふと気になって指を折りながら日にちを数えていくと、昨日誕生日を迎えていたことに気が付く。去年はまだ母の体調がマシな日があり、リーズの誕生日も母は会話が出来るくらいに調子が良かった。来年にはリーズもとうとう成人になるのね、と笑っていた母。プレゼントなんてなかったが、母から祝いの言葉を貰えただけで嬉しかった。でも、母が祝ってくれる事はもうない。
「ひとりぼっちかあ」
じわじわと実感してきたリーズがぽつりと呟く。するとそれを聞いた小鳥がリーズの胸の上でピッピッと短く鳴きながらちょんちょんとその場で飛び跳ねる。まるで自分がいるだろうと抗議しているように見えて、リーズはふふっと笑ってしまった。