03
□□□
屋敷を出たリーズは歩みを進めながら、数少ない自分の荷物を入れたバッグを肩から掛け直した。動物の皮で作られたこのバッグは生前父がリーズのために作ってくれたものだ。父は手先がとても器用で色々なものを自作する。残念ながらリーズには父の器用さは遺伝せず、何かを自分で作るなんて出来ないし、料理も食べられればいいと大雑把で母によく叱られた。
(さてと、どうしようかな)
家に帰るという事は決定事項だが、リーズが考えるのは道を進む手段だ。
屋敷から家までは馬車で三日くらいの距離がある。体力はあるので歩いていけるがリーズの足だと一週間、あるいはそれ以上掛かるかも知れない。
実は叔母から少しのお金を貰っていた。まさかそんな事をしてくれるなんて思ってもみず、何か裏があるのではないかと怪しんだが手切金だと言われ、無一文のリーズは素直に受け取ることにしたのだ。
おかげで馬車に乗ることが出来る。しかし三日間の移動となる馬車代は高額で、払ってしまうと手元にはわずかしか残らない。早く帰りたい気持ちはもちろんあるが、急ぎの用事がある訳でもないし、今後のことを考えると手持ちは多い方がいい。
(よし、歩こう)
答えを出したリーズは西の森がある方角へと向かおうとしたところでピィーーーーっと高く長く鳴く鳥の声がして、リーズは空を仰いだ。
今日は天気が良く、太陽の光が強くてリーズは眩しさのあまり目を瞑ってしまう。そんなリーズの元に降りて来た白い小鳥が肩に止まった。
「え、あれ? 君は……」
肩に止まった小鳥を見たリーズには、それが丘でリーズを慰め歌ってくれた小鳥なのだとすぐに分かった。
「もしかしてお別れを言いに来てくれたの?」
そう問いかけると、小鳥は黙ったままリーズを見つめてくる。どうやら違うようだ。だったら。
「これから西の森にある私の家に帰るんだけど、君も一緒に来る?」
次の問いかけをすると、今度は嬉しそうにピッピと鳴く小鳥。思いもよらず旅の仲間が出来たリーズは「ありがとう」と小鳥に感謝を述べる。
行きは母と二人。帰りはリーズ一人と小鳥一羽。
一人ではないと思うと足取りも軽い。途中町に立ち寄って保存のきく食料をいくらか購入し、リーズと小鳥の旅は本格的に始まった。
屋敷から西の森へと続く道は王都から離れている事もあり、きちんと整備されていない。馬車が通るので広さは確保されているが、地面はボコボコしていて歩きにくい。母とこちらへ来る時に乗った馬車の乗り心地は最悪で、今思い出しても気持ちが悪くなりそうなくらいだった。
森で暮らしていたリーズにとって、そんな道を歩くより慣れた森の中を行く方が歩きやすい。半日も歩けば西の森へと続いている巨大な森が現れ、リーズは道から逸れその森を進む事に決めた。理由はそれだけではない。作られた道は森を切り拓いて作ったのではなく、森を迂回するように作られている。これはずっと昔──言い伝えの勇者が魔王を倒す前、森には魔物が溢れ返り人間が森に入るなんて自殺行為だと言われていた頃に作られた道だからだ。当時は森に毒沼なんてものもあったと聞く。それも魔王が倒された瞬間、魔物と共に世界から消え失せた。
だから今、森の中は安全だ。ということは道を歩き遠回りするよりも森の中を突っ切って進んだ方が、短い距離の移動で家に辿り着くことが出来るのではないだろうか。もしかしたら馬車よりも早く着くことが出来るかも知れない。
どちらを選ぶかなんて火を見るより明らかだ。リーズは小鳥と共に森の中へと足を踏み入れた。