49 "戦争の時代から決まってる"
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「夜桜さん……!?」
「え……小春ちゃん!?」
突如、前のドアから姿を現した三大美女・夜桜小春に、A組の教室内は一瞬にして驚愕の雰囲気に包まれていた。
そして何より、目的が「二大イケメン」ということに、その驚愕は上乗せされている。
「あ、こんにちは。夜桜小春です」
優しすぎる微笑みを浮かべ、A組の視線をことごとく対処していく。
その笑顔に、「やっぱ美しい……」と、感嘆の声を漏らす男子生徒も少なくなかった。
「なんであいつが……」
「さあ……分からないね……」
逃げ道を行こうとしていた二人は、あまりの唐突の出来事に目を丸くしていた。
陰口を言われている心当たりが"陽葵と乃愛の件"であることも相まって。
「あの、もう一度お聞きしますが、『高瀬心穏』さんと『加藤優太』さんはいますか?」
微笑みを顔に浮かべたまま、しかし声色は冷酷に変えて、小春はA組に言葉を向ける。
その威圧を感じ取ったのか、二人は小春へと言葉を向けた。
「……俺だ、高瀬心穏っつーのは」
「……同じく僕も。加藤優太だよ」
A組内の冷ややかな視線を感じつつ、決して逃れられない二人は不貞腐れ気味にそう言った。
「あー……なるほど。あなた達ですか」
二人の声を聞いた小春は、初めて見る二大イケメンの顔を怪訝に眺めつつ、返答する。
そして、より一層微笑みに優しさを含めながら、
「――少し、お話しませんか? この教室ではなく、誰も居ない教室で」
救いの手を差しのべるかのように、聖母は二人へと言葉を向ける。
度重なるヒソヒソ話と陰口に、無意識に心がやられていた二大イケメンは、本能的に嬉しそうな顔をした。
「いいよ、行こうか」
小春の言葉に真っ先に返答したのは、優太だった。
雰囲気からは感じ取れないが、影で一番強欲なのは意外とこの男なのだ。
まあ、そんなことを小春が知る由もないし、知る価値も無いのだが。
「……小春ちゃん、どういうつもり?」
やり取りを見ていたA組のある生徒が、不安そうに小春へと言葉を向けた。
それに続くように、一人、また一人と小春を不安視する視線が増えていく。
「どういうこと……?」
「そんなはずないよね……?」
「三大美女達がやられてるんだよ……?」
夜桜小春を疑う、と言うよりも、不安に思う声がどんどんと増えていく。
三大美女の内の二人が、二大イケメンに酷い事をされたのだ。
そして何より、"仲良し"として振舞っている以上、それは小春にも関係してくること。
自分から首を突っ込み、それも二人を相手にするなど、無茶にも程がある。
A組の言い分も、不安視も、全てが真っ当な理由だった。
「なるほど。ちゃんと影響力は強いんですね。――全部、紫月お姉ちゃんが言った通りじゃないですか」
自分に向けられる視線を感じながら、小春は誰にも聞こえないようにポツンと呟いた。
――『私も言ったんだけどさ、"陽葵と乃愛ちゃんに近付くな"って、もう一回警告しといてくれる? あと、多分周りがうるさくなると思うから、誰もいないところで済ませてほしい』
紫月からの連絡を思い出し、小春は全てを見透かしているような紫月に感心した。
同時に、説得力、そして警告の大切さを身に染みて感じた。
そんな小春を他所に、尚も止まらないA組の不安な声。
が、小春は焦らなかった。
「ふぅ」と、小さく息を吐いてから、顔に聖母の微笑みを浮かべた。
「――大丈夫ですよ。皆さんが思っているような結末にはなりませんから」
「二大イケメンに襲われる」、そんな可能性を考慮されるのも腹立たしいが、タイミング的に今は仕方無いことだ。
A組の不安と、二大イケメンへの静かな宣告を添えて、小春は微笑みを全体へ向けた。
三大美女の権能をフル利用されたことで、A組には一気に安心に包まれる。
"完璧"として君臨していたからこそ、小春の言葉を疑うことは無かった。
◇◇◇◇◇
無人だったはずの教室に、今日は三人の生徒がいる。
内訳は三大美女では無く、"夜桜小春と二大イケメン"だ。
「初めまして、夜桜小春です」
教室に入ると、小春は礼儀良くお辞儀をした。
それに対し、状況が飲み込めない二大イケメンは立ち尽くしたままだ。
そんな二大イケメンを横目に、小春は言葉を続ける。
「えーっと……赤髪の方は高瀬さん……ですか?」
「……そうだ。俺が心穏だよ」
「あ、了解しました。では、もう一人の方が加藤さんってことですね」
「……うん。そういうことになるね」
小春の言及に対し、それぞれが返答した。
目的、そして呼び出した真意が分からない小春に、二人の心の中は不安と焦燥に埋め尽くされていく。
「何だか堅苦しい雰囲気ですね。もっと楽に話しましょう。座ってください、ね?」
聖母ではなく、怪訝な微笑みを浮かべながら二大イケメンを席へ促す。
その雰囲気に飲まれた優太と心穏は、言われるがままに空席へと着座した。
「……で、何だよ。俺たちを呼んだ理由は」
背もたれに寄りかかり、腕を組んで座っている心穏が小春へと問う。
その言葉に、優太も小春へと視線を向けた。
「ふふ、自分で分かりませんか?」
そんな二人の視線には負けず、小春も淡々と返答する。
何より、B組の小春ですら二大イケメンの悪い噂が立っているのを知っている。
それを、本人達が知らないというのは少々無理があるだろう。
――そして、噂ではなく、本当の事なのだから。
「……分かるよ、うん」
意外にも、優太ははぐらかすこと無く素直に答える。
すると、予想外だったのか小春が「あら」と呟いた。
「そ、それが何なんだよ。お前には関係ないだろうが」
「関係ない……ですか。まあそう思いますよね」
三大美女である事は共通の事実だ。
が、それはあくまで学校側、と言うより生徒側が勝手に決めているもの。
そして、陽葵と乃愛が幼なじみである事は二大イケメンも知っている。
――が、小春が幼なじみである事は、まだ知らなかった。
「そうだよ。悪いとは思ってるけど、小春ちゃんは関係ないんじゃないかな」
「あの、名前を呼ばないでください」
優太に言われ、露骨に顔に嫌悪感が増した小春。
そして、言葉を続けた。
「――私の名前を呼んでいい男の子は、碧斗くんだけです」
若干頬を赤らめ、ここには居ない碧斗の名前を出す。
内容、雰囲気、言葉に、二大イケメンには気付くことがあった。
――同じ三大美女である陽葵と乃愛が碧斗に好意を向けている、と。
「……お前も、流川碧斗が好きなのか?」
「はい。大好きですよ」
「嘘だろ……」
小春の言葉に、心穏は絶句した。
そして何より――察する事がある。
「お前……まさか」
「ふふ、その"まさか"が何かは分かりませんが、陽葵と乃愛の事に関しては私も他人事ではいられないんですよ」
その答えを、心穏が口にしようとした所で、小春が先に口を開いた。
小春はいつもの優しい微笑み、否、冷たい微笑みを浮かべていた。
「――私の大切な幼なじみですから、あの二人は」
度重なる驚愕の事実に、また一つ上乗せされた。
「……やっぱり、そうだったんだね」
「……まじかよ」
「そんなに驚きますか?」
「……そりゃそうだろうが。三大美女が揃って流川碧斗が好きとか、どんなセンスだよ」
また、心穏はデリカシーの無いことを発言すると、優太も「うんうん」と頷いた。
まあ、そんなことは覚悟していたことなので、小春も、「ふふ」と無感情の微笑みを浮かべる。
そして、小春は揺さぶりをかけるように、
「――あなた達の事を助けようと思って呼んだのですが」
たった一言、されど一言の救いの手を差し伸べる。
無意識に心が削られていた二大イケメンは、「え」と、安心感混じりの反応をした。
「た、助けてくれんのか?」
「僕達のことを?」
さながら双子のように、二大イケメンの命乞いが始まった。
何より、三大美女の内の一人だ。
説得力と信ぴょう性がある。
「はい。私との約束を守ってくれるなら」
が、残念ながら小春にその気は無い。
何より「センス」とバカにされた時点で密かにキレているのは事実だったので、言葉の綾として、そしてこれから取り付ける約束をすんなり進める為の手段でしか無かった。
「約束……?」
「はい、約束です。今習っている日本史で言うなら"条約"って所でしょうか」
冗談を言いながら、小春は自分の美しい黒髪を触っていた。
圧倒的な美と完璧の雰囲気に、二大イケメンは縋り付くしかなかった。
何より、夜桜小春は学年でもトップの影響力を持つ女の子だ。
そんな女の子に"約束を守れば助けてもらえる"など、今の二大イケメンにとっては好都合すぎる条件だ。
――それは、夜桜小春が一番理解していた。
都合の良い自分を取り繕い、「完璧」という目先の欲望に盲目になっていた経験があるから、だ。
「わ、分かった。その約束とやらを守ればいいんだよな」
「うんうん。そうするよ、僕も」
二大イケメンの情けない返事を聞くと、小春は再度冷たい微笑みを顔に浮かべる。
背もたれに寄りかかっていたはずの心穏も、いつの間にか前かがみになって、小春の言葉を待っていた。
「――今後一切、陽葵と乃愛には近付かなかいでください。たったそれだけの簡単な話です」
単刀直入に、簡単な条約を二人へ説明する。
小春の瞳は、「もう触れさせない」と、決意を宿しているようでもあった。
「……わ、分かった。乃愛ちゃんにはもう何もしない」
「……僕もそうだ。陽葵ちゃんに近付いたりしないよ」
情けない二人は、あっさりその条約に調印した。
結局、顔目的の男はこの程度なのだ。
この程度の愛情で、この程度の執着で、二人に近付いていたのだ。
「……で、助けてくれるってどうやるんだよ、お前が皆に何か言ってくれんのか……?」
「……そうだといいよね。僕もそうしてほしいよ」
「ふふ」
目の色を変えて言ってくる心穏と優太に、小春は嘲笑を向けた。
こんな男達が、陽葵と乃愛を落とせるわけも無い。
そして、当たり前のように鬱陶しく内容を聞いてくる二人に、小春は思うことがあった。
「――何を勘違いしているのか知りませんが、私はあなた達を許してませんからね?」
「……え?」
唐突に声色を変えて、悲痛な宣告をしてくる小春に、二人の顔は真っ青になった。
「そもそも、私は助けるつもりなんかありません。自分達がやらかしてこうなっているんでしょう? それも私の幼なじみに」
ただただ、完璧な小春から完璧すぎる正論を向けられ、二人は黙り込むことしか出来なかった。
――そして初めて、二人は"条約を取り付ける為の誘い文句"であることを理解した。
「自分達の間違った過信のせいで誰かに迷惑をかけているんですよ。プライドを持つのは構いませんが、それを第三者に押し付けるのは間違いです」
尚も続く小春の正論。
その言葉一つ一つが、今の二大イケメンには刺さりまくる。
とにかく、間違ったプライドを持っていた事を、本能的に理解させられていた。
「――だから、そのプライドを矯正する為に、罪はちゃんと償うべきです。そんなことは、戦争の時代から決まってるんですよ」
「……」
「では、もう話すことはありませんので。お腹空いたので私は教室に戻りますね」
その微笑みの冷たさは、まだまだ健在だった。
そして二人を取り残し、「ルンルン」と気分を上げて、二大イケメンが居る教室を後にした。
去る小春の後ろ姿を見て、完全に、確実に、二大イケメンのプライドは折れた。
――皮肉な事に、完璧すぎて好きになれなかった夜桜小春の、完璧すぎる部分のおかげで。
◇◇◇◇◇
「ふぅ……なんか疲れましたね」
無人の教室を後にし、廊下を歩きながら小春は軽く息を吐く。
一応、「襲われたら逃げる」という身構えで、相当なエネルギーを消費したが、何とか目的は遂行出来たので良かった。
二大イケメンの様子を見る限り、ちゃんと伝わっていたのも確かだった。
そのまま廊下を歩き、小春が向かったのは自分のクラスではなく――A組だった。
「もう一回失礼します! 夜桜小春です!」
再び、A組の教室には天使が舞い降りる。
美しい黒髪を靡かせ、凶器になるほどの可愛い顔面を持った天使が。
「こ、小春ちゃん! 大丈夫だった?」
「この通り、大丈夫ですよ。私は何もされてません」
A組の一員から向けられる心配を、軽くお辞儀をして受け流す。
その笑顔と動作に、A組にも一気に安心感が流れた。
そして、「ふぅ」と一拍置き、「皆さんにお願いがあるのですが」も、前置きすると、
「――あの二人の悪口は、ここで終わりにしましょう。私がきつーく言っておきましたので、皆さんからはもうやめてあげてください」
今度は、冷酷な笑顔ではなく、最大限の優しさを含めた笑顔を顔に出す。
――完璧な黒髪天使は、後処理までも完璧だった。
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