41 夏祭り:翔と夏鈴
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夏休みも中盤に差し掛かり、暑さもほんの少しだけ和らいできた日。否、夕方だからかもしれない。
――今日は、来る夏祭りだ。
そして、近くで花火大会も開催されているという、何とも奇跡的な日である。
翔は、一足先に待ち合わせ場所へと着いていた。
親に「夏祭りいくわ」と報告した所、何故か着慣れない浴衣を身につけられたが、"今日くらいは"と割り切った。
「似合ってるから大丈夫」とは言ってくれたのは良いものの、よくよく考えたら、逆に着させておいて「似合ってないよ」なんて言われる訳もないので、多分社交辞令的なものだろう。
「ちょっと緊張してきたな……」
空に目を向け、翔は呟く。
それもそのはず、相手は意中にある山下夏鈴だからだ。
高架下、誰もが憧れる青春を堪能しながら誘った。
当日を迎えるまでは、楽しみすぎて夜も眠れなかったのだが、当日を迎えると緊張するのは、体育会系の部活に入っていた翔だからこそ分かる感情なのだろう。
「この時間が一番心臓に悪ぃよ……」
そして何よりこの男、約束した時間の30分前に集合場所に到着している。
自爆と言えば自爆なのだが、翔の男らしい部分でもある。
時折吹く弱い風が、刈り上げた黒い短髪に当たるも、今日はセットをしている為、靡いたりしなかった。
ちなみに、翔と夏鈴がデートする予定の夏祭り、否、公園は、"やなぎ公園"という場所で、面積で言えば二番目に大きい場所になっている。
碧斗と小春、陽葵と乃愛とは違う公園だ。
三日前、碧斗から『小春と行くことになった』と連絡が来たので、邪魔をしたくなかった為に別の公園にした。
陽葵と乃愛が一緒に行くことは夏鈴が知っていた為、同じ理由だ。
それから20分程経つと、「開始します!」とアナウンスがあり、やなぎ公園の夏祭りが始まった。
同時に、各方面から人が集まり、浴衣を着た人、ラフな格好をした子供、仕事帰りでスーツの大人など、沢山の人が駆け込んだ。
無論、そこには華月学園で見たことがある顔の人物も居る。
「あー……」
来る集合時間の5分前、翔の心臓は尋常じゃない程に速くなっていた。
まだ、夏鈴の姿は見えない。否、緊張しすぎて分からないのかもしれない。
緊張を誤魔化す為に大きく深呼吸をしてから、下を向く。
――そして、不意に顔を上げると、唐突に想い人は姿を現した。
「――おまたせ、翔くん」
水色が基調とした浴衣を身にまとい、見慣れたミディアムヘアでは無く、お団子ヘアーを作る夏鈴。
首には綺麗なペンダントをぶら下げている。
全てが夏祭り仕様で、全てが夏鈴に似合っていた。
「――」
そんな夏鈴を見て、翔は絶句。
無論、それは悪い意味では無く、良すぎる意味で。
「ごめんね、待たせちゃった?」
「いやいやいや、ぜんっぜん。俺も今来た所だぜ」
眼前、可愛すぎる天使に向けて、翔は優しい嘘をつく。
まあ、「30分前からいたわ」なんて、よほど無神経じゃなければ言えないが。
「えへへ、それならよかった!」
「おう」
翔は、夏鈴の浴衣姿を見て、より一層惚れ直した。
――それはつまり、逆も然りで。
「……翔くん、浴衣、似合ってるね」
夕焼けのせいか、羞恥のせいか。
そう言う夏鈴の頬は、赤らめいていた。
いつもおちゃらけ、クラスを笑わせるタイプの翔が、ありえない程に浴衣が似合っている。
無論、言われた翔も、尋常じゃない程に頬が紅潮していた。
「ありがとう……って、夏鈴ちゃんもだぜ!?」
照れ隠しをする翔。
とはいえ、正真正銘の本心だ。
「えへへ、ありがと。昨日、陽葵にも確認してみたんだけど、おかしくない?」
「ぜんっぜんおかしくねーよ! 可愛すぎる!」
「もー、思ってないでしょ!」
「思ってるって! まじで!」
こういう事は素直に言える、というか恥ずかしげも無く言えるのに、「好きだ」とは言えないらしい。
恋愛心とは不思議なものだ。
「じゃ、行こっか」
「そーだな」
そんな会話を挟みつつ、二人はやなぎ公園の中へと足を進めた。
◇◇◇◇◇
中に入ると、真ん中に櫓が建っており、その周りを屋台が並んでいる形になっていた。
そして、公園内の至る所には、祭り提灯がぶら下げてあり、夏祭りの雰囲気をより一層上乗せしていた。
「うわあ……毎年来るけどやっぱりすごいね……」
祭り提灯を見上げて、夏鈴は感嘆の声を漏らす。
日が落ちきらず、まだ点灯していないが、その存在感は確かにすごかった。
「夜になったらもっと綺麗に見えるんだろーな」
「んね。……てか、知り合いいっぱいいて恥ずかしいかも」
「それは俺もだよ。でも、夏鈴ちゃんは可愛いから自信もっていいんじゃねーか?」
「んもう。翔くんだってそうでしょ!」
優しくした翔だが、思わぬカウンターが返ってくる。
「ま、まあそうだな。そうだなって言うのもおかしいけど」
「あ、可愛いってことじゃないからね。……かっこいいってことだから」
「わかってるわ」
「えへへ」
少しバカめな会話を挟みつつ、二人は歩く。
すると、浴衣姿の夏鈴が口を開いた。
「夏鈴、わたあめ食べたい!」
「お、いいね。いこうぜ」
「うんうん!」
「可愛いなおい」
露骨に嬉しそうになる夏鈴は、さながら子供のようだった。
そんな夏鈴に対し、翔も無意識に呟く。
そうして、二人は少し歩いた後、『わたあめ』と書かれた屋台へと向かった。
「んぅ……んまぁ……」
ふわっふわのわたあめを食べ、頬がとろけそうな表情をする夏鈴。
無邪気に食べるその姿に、翔も幸せそうだ。
「……なんでこんなふわふわなんだろうな、これ」
わたあめに対して、小学生のような疑問を抱く翔。
「ね。不思議だよね"わたあめ"って。ちなみにね、夏鈴の寝起きの頭はこんくらい爆発してるよ」
「え、そうなのか?」
「うん。ぼさーってなってる!」
なぜか満面の笑みで報告してくる夏鈴に、翔も笑った。
そして、夏鈴も立派な女の子。
こうしてプライベートな事を伝えられるのは、余程翔のことを信頼しているからなのだろう。
「いいな、ぼさぼさの夏鈴ちゃんも見てみたい。今度それで学校来てくれよ」
「んもう、行くわけないでしょ! まあ翔くんだけならいいけどさ」
「……おう」
サラッと破壊力抜群の言葉を添えてくる夏鈴に、翔も少し恥ずかしくなる。
そういうつもりで言った訳じゃないのに、と。
わたあめを食べ終えると、二人は『射的』と書かれた屋台へと向かった。
夏祭りを代表する出し物、と言っても過言では無いだろう。
「翔くん、こういうの得意そうだよね」
「おいおい、俺は銃とか持ってないぜ」
「ええそうなの!?」
「あたりまえだろ!? 捕まるわ!」
そんな会話を挟みつつ、二人は射的に並ぶ。
そして、順番が回ってくると、横並びで位置についた。
射的といえば、完全に落ちることで景品を獲得でき、倒すだけでダメというのが有名なルールだ。
つまり、狙う位置が一番大事で、目の良さや狙いをブラさない体幹などが重要になってくる。
「夏鈴ちゃん、何欲しい?」
コルク銃に弾を詰めながら、隣にいる夏鈴へと視線を向ける。
「……え、取ってくれるの?」
「いいぜ。任せとけ」
何とも頼もしい言葉に、夏鈴も甘える事にした。
「んー、じゃああの『特賞』って書かれてるやつ! 犬のぬいぐるみほしい!」
さすがは翔を信頼しきってる夏鈴、ここで一番の難題を要求する。容赦が無い女の子だ。
が、愛しい女の子からの要求に、翔の迷いは無かった。
「――うし、見とけよ……」
そう言うと、おもむろにコルク銃を上げ、狙いを『特賞』と書かれた札に合わせる。
――コルク銃よりも、翔の横顔に夢中になっている夏鈴には、気付かずに。
射的のコツは、上部の左右に弾を命中させること。
ド真ん中を撃ち抜いて衝撃を分散させるよりも、隅を狙うことで、衝撃を一方通行させることが出来る。
そうすることで、回転して落ちることがあるのだ。
「――」
持ち弾は五発。減れば減るほど、プレッシャーを感じる射的だ。早く落とすことが最善なのに異論は無いだろう。
丁寧に狙いを定め、コルク銃を自分の顎で固定させる。
陸上仕込みの体幹と感覚は本物で、一切のブレと揺らぎが無かった。
刹那、パンッと音が鳴った。
銃口から放たれたコルク弾は、夏鈴への想いを乗せて一直線に景品へと飛んでいく。
――翔の夏鈴への想いに比べれば、『特賞』の難しさなど足元にも及ばなかった。
「お客さん見事ぉっ!」
ハンドベルを手で鳴らしながら、大きくで店主が声をあげる。
見事に、『特賞』と書かれた札は、何の不正も無く後ろに落ちていた。
「……え!? 翔くんすごい!」
隣で見ていた夏鈴が、嬉々とした表情と声色で翔へ視線を送る。
ゾーンに入っていた翔も、その声色を聞いて我に返り、恥ずかしそうに喜んだ。
「……あぁ! 余裕だぜこんなの! なんせ、俺は一発で仕留める男だからな!」
強がる言葉の裏には、大きな安心と、小さな緊張があって。
そんな時、ふと、夏鈴の持ち弾を見てみると、一つも減っていなかった。
「夏鈴ちゃん、やんねーのか?」
翔にそう言われると――夏鈴は、自分が見惚れていた事に気付いた。
「……え、あ、う、撃つよ!? 翔くんばっかりずるいし、夏鈴も頑張っちゃおっかなーって?」
一気に頬を赤らめ、必死に誤魔化す夏鈴。
「なんか顔赤い気が……」
「もう、翔くんが取ってくれて嬉しかったの! あと……夏鈴も撃ち落とすからちゃんと見ててね」
尚も頬を赤らめ、視線を逸らしながら夏鈴は言う。
すると、翔の心は――
――俺のハートはとっくに撃ち抜かれてるぜ……
と、更に惚れ直していた。
そうして、幸せそうな雰囲気のまま、二人は射的をこなした。
ちなみに、夏鈴は最後の一弾で小さなお菓子を撃ち落とし、それを翔へとあげた。
射的を終えた二人は、『型抜き』と書かれた屋台へと向かった。
白い犬のぬいぐるみを左手に抱える夏鈴と、小さなお菓子袋を右手に持つ翔。
何とも、微笑ましい光景だ。
「夏鈴ちゃん、これってコツとかあんのか?」
「うーん……"丁寧に"としか言えないなー」
「んじゃ俺には無理そうだな……」
なんせ、翔は不器用である。
らしいと言えばらしいのだが。
「そうやって諦めたらダメ! やってみなきゃ分からないんだから」
「そ、そうだな。夏鈴ちゃんはこういうの得意なのか?」
「夏鈴は得意! 昔はよく編み物とか編んでたからね」
一方の夏鈴は、手先が器用なので、こういうのは得意分野なのだ。
「そうなんだな。じゃあ期待しておくわ」
「ふふん。驚いて倒れちゃだめだよ?」
「自分でハードル上げてるぜ」
胸を張って意気込みを言う夏鈴に、翔は至極真っ当なツッコミを入れる。
そんな会話を挟んでいると、二人の前に、模様が書かれたピンク色の板状のお菓子と針が置かれた。
「……これなら行けそうだな」
翔の前に置かれたのは、シンプルな星のマークのお菓子。
曲線では無く、直線の辺で描かれている為、不器用な翔でも出来そうだ。
「……夏鈴ちゃんはどうなん……は!?」
不意に、夏鈴のお菓子を見てみると、明らかに翔と難易度が違う物が置かれていた。
模様は、チューリップだ。
ほとんど曲線しか無い柄である為に、相当な器用さを持つ人でないと、絶対に出来なさそうだ。
が、夏鈴の顔は何故か余裕そうだった。
「そんな難しそう?」
キョトンとした顔で、夏鈴は呟く。
「う、え、あ、ええ……?」
あまりの驚愕に襲われ、翔は言葉が出ない。
そんな翔を見て、夏鈴は「えへへ」と微笑んだ。
程なくして、二人の型抜きは始まった。
「……あ」
ものの数秒、そして星の一画目、翔の型には綺麗に亀裂が入る。
流石に早すぎる失敗に、翔も店主も苦笑いをした。
ドがつくほどの不器用だ。
「かり……」
『夏鈴ちゃん』と呼ぼうとした所を、翔は咄嗟にやめた。
それもそのはず、隣にはありえないほど集中している夏鈴がいたからだ。
「……」
その夏鈴の横顔を見てみると、改めて思う。
何故こんなにも、何故こんなに集中していても、可愛いのか、と。
ぱっちりとした目と、見慣れないお団子と、白い肌が少し見える首筋。
まさに「女の子」で、翔のハートを容赦なく削っていく。
――俺のハートを型抜きしてんぜ……
なんて、心の中で呟いた。
「ねえ! 見てみてっ! 出来たあっ!」
そんなことを考えていると、夏鈴が満面の笑みで翔の方を向いた。
嬉しそうな子供のように報告してくる夏鈴に、再びハートをくり抜かれそうになる。
「……お、おお。すげえな本当に」
「ふふーん。だから言ったでしょ!」
「ハードル超えだな」
「翔くんはどうだったの?」
「聞く? 聞かないで?」
さすがは容赦の無い女の子だ。
まあ、集中していて気付かなかったのだろうが、すぐそこにボロボロになった星があったので、「あーね」と察した。
そんな会話を挟みつつ、二人は型抜きを終わらせ、後にした。
◇◇◇◇◇
すっかり日も落ちて、祭り提灯が綺麗に彩られる。
オレンジ色に近い暖色を放つその光源は本当に神秘的、というか夏の風物詩で、より一層、夏祭りの雰囲気を傘増しさせる。
が、二人は既にその公園内にはいなかった。
「ふぅ……」
「大丈夫か?」
「うん! 大丈夫!」
疲れからか、夏鈴が一つ深呼吸をすると、翔は心配そうに夏鈴へと視線を向ける。
そして二人は、休憩がてら、数秒歩いた場所にある近くの神社で腰を下ろした。
時刻は、19時を少し過ぎたところだ。
夏鈴の左手には、ヨーヨーが3つあり、膝の上には犬のぬいぐるみが置いてある。
そして、翔の右手には、夏鈴が取ってくれた小さなお菓子袋と、ヨーヨーが1つ、大切に握られていた。
「ちょっと休憩しよ、翔くん」
「お、おう。疲れたよな」
翔なりの優しさでそう言うと、夏鈴はなぜか眉をひそめた。
「疲れてなんかない! 翔くんと一緒にいたら楽しいし! 夏鈴の足がちょっと休もうって言ってるだけだから!」
「あの、それを疲れって言うんじゃ……?」
「言わない! 夏鈴が違うって言ったら違うの!」
強がるように見える夏鈴だが、それは紛うことなき本心だった。
「疲れた」なんて言えば、翔はきっと悲しむだろうし、そもそも本当に疲れていない。はず。
本当の本当に、自分の足が「ちょっと休もー!」って言ってるだけなのだ。きっと。
「そ、そうか。分かったよ」
夏鈴の言葉を受け、少し気圧され気味に返事をした翔だが、「楽しい」と言われたのに照れたのか、しっかりと頬は赤かった。
とはいえ、夜のおかげでバレていないようだった。
「……翔くんは疲れた?」
すると、夏鈴がおもむろに翔の方へと体を向け、問う。
「ぜんっぜん疲れてねーよ!? まじで!」
無論、翔は本心を伝える。
が、夏鈴は何か不安そうにしていた。
「ほ、本当……?」
「本当だ! まじまじのまじ!」
全く嘘では無いので、翔も強く、というか想いが伝わるように言葉にする。
それでもまだ、夏鈴のどこか不安そうな雰囲気は取れない。
「本当の本当の本当……?」
「本当の本当だ! もっと本当って言ってやりたいくらいに!」
翔がそう言っても、まだまだ夏鈴の不安そうな雰囲気は取れなかった。
――ここで翔は、一つの事を考える。
――何か言ってほしいのか……?
と。
先程、夏鈴に「一緒にいて楽しい」と言われた時、自分は尋常じゃない程に内心で喜んでいた。
それはつまり、夏鈴もそう言われれば嬉しいということ。
短絡的な翔だからこそ、こうして大事な事実に辿り着く。
「――楽しいよ、夏鈴ちゃんと居れば。全然疲れたりなんかしてないぜ」
座りながら、こちらに体を向ける夏鈴に対し、翔も同じく夏鈴に体を向けた。
そして、真っ直ぐな視線を送る。
「――もう、ばか」
純粋な言葉と、強くたくましい瞳を向けられた夏鈴は、そっぽを向いて呟く。
色白な肌のせいで、頬が赤らめいているのは、あっさりと翔にバレていた。
そして何より、先程まであった不安そうな雰囲気も、完全に払拭されていて。
「へへ、本当のことだ!」
「もー、恥ずかしいから言わないで!」
「あんなに聞いてきたのに?」
「それも含めてってこと! ばか!」
甘酸っぱすぎる空気が、二人きりの神社で、二人きりの空間で、二人きりにしか分からない様に流れ続けた。
――そして今日は、花火大会の開催日でもある。
「――ねえ翔くん見て! 花火!」
途端、上空に大きな花火が打ち上がった。
「おお、すげえな……」
まずは赤色の花が夜空を彩り、次に青色、緑色、金色の花が夜空を染めていく。
「わあ……」
花火に見惚れる夏鈴が感嘆の声を漏らす。
そして何よりも、その横顔は翔にとって、花火よりも何倍も何十倍も美しくて。
弾ける花火と同時に、一瞬だけ明るくなる夏鈴の顔が、本当に愛おしくて。
「すご……」
そんな翔に気付かず、夏鈴は花火を見続けている。
――何も持っていない右手は、翔側にあった。
花火を見て、夏鈴を見て、また花火を見て、少しだけ夏鈴を見て。
――それと同時に、自分の左手が空いてることを、翔は確認して。
ただ不器用に、夏鈴の右手を目がけて、ゆっくりと自分の左手を近づけていく。
「スーっ」と、音が聞こえているかもしれない。
が、夏鈴に気づいてる素振りは無さそうだった。
――そして、小さな可愛らしい手と大きな男らしい手が軽く重なり合ったのは、すぐだった。
「――」
自分の右手に、大きな左手が乗ってきた事を、夏鈴はしっかりと認識した。
が、あえて気付かないふりをする。
それは――「手を繋がれること」を待っていたのを、悟られないようにで。
お互いに、軽く重なり合う手を感じながら、夜空を彩る花火を観賞し続ける。
時折、やなぎ公園から聞こえてくる「ドンッ」という太鼓の音も、美しい音色だ。
――花火に照らされる夏鈴の頬、そして翔の頬は、何よりも綺麗で純粋な赤色に染まっていた。
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