『隠れ文 見えぬ影に 嫉妬で狂う』
〈男側の目線〉
今日も今日とて、勝手に垣根を越える。僕くらいの不審者になろうものなら、草履の足音すらさせないように歩くことなど、ぞうさもない事なのである。
昨日の夜は、どうやら寝付けなかったであろう僕のお姫様は、今日はぐっすりと床についておられた。
そんな御簾の中はさておき、僕はこの屋敷の引き出しという引き出しの全てを開けた。
旧友からの手紙やハンコ、髪飾りなど、彼女の生活を彩る全ての物へ目を通していく。手紙はもちろん、その中身までもだ。
べつにお金になりそうなものを漁りに来たわけではない。
なにか、彼女の心が開かない理由がここにはあるのではないかと思ったのだ。どうも、なにかひっかかりがあるような気がするのだ。
引き出しの全てを確認すると、箪笥の上に大切そうに置いてある箱を見つける。
そこには、僕からの手紙が詰まっていた。でも、その底の方から消印がついた手紙を見つける。
僕は、毎日この屋敷に足を運び、自らが手紙を枝に結んでいるのだから、自分の手紙に消印など押されようはずもない。その手紙は、僕以外の男性からの手紙だった。
『 仕事の都合で、この町を離れることになりました。どうか、悲しまないで欲しい。早ければ半年ほどで帰ってくるつもりでいます。
もし、待っていてくれたら嬉しく思います。貴女の存在が私の励みとなります。』
と、手紙には書かれていた。
その手紙の消印は半年前になっていた。僕は愕然とした。自分を嫁に貰ってくれるような人はいない。と、彼女はいっていたが、その裏で彼女には待っている男がいたのだ。
どうりで、なびかないわけだと納得した。奥歯がギリギリと音を立てるような気持ちがした。この手紙を燃やしてしまいたい気持ちでいっぱいになったが、そんな事をしたら僕がこの部屋を物色した事がバレてしまうと思い、静かに戻すと元あった場所へと戻した。
怒りと悲しみで頭が狂いそうになったけれど、御簾を覗くと何も知らない貴女がすやすやと寝息をたてていた。その傍らにしゃがみ込むと僕は、彼女の頭を自分の膝にのせ、長く美しいその髪を撫でた。
「美しい人よ……。僕は、どうしたら貴女を諦めることができようか…」
いろんな事が渦巻いても、僕にとっての運命の人を僕は諦めることが出来なかった。
もしも、翠の君が待っている相手が金持ちであるなら、僕には到底太刀打ちなど出来るわけもない。
僕みたいな人間が、他の誰かに敵うわけなどないのだ。おいおいと女々しく泣き出しそうな心を必死におさえた。
気がつくと、そのまま朝になってしまっていた。
この屋敷の使用人が、朝ご飯の御膳を持って御簾を開けた。
「きゃっ!!」
まさか、お嬢様以外の人間がいると思っておらず、御膳の味噌汁が僕の背中にかかる。
「大変申し訳ございませんっっ!!」
その使用人の声でようやく起きた翠の君が、散らばった朝ご飯にギョッとし、自分の寝床に僕が居ることにさらにギョッとし、使用人の蒼白な顔に混乱の色が走る。
「御着物に染みが………………」
使用人の小さなハンカチでは、どうすることも出来ない量の汁をかぶってしまい、下着にまでその冷たさが浸透してきた頃に、ようやく状況を理解したお嬢様が僕の着物に手を伸ばした。
「脱いでください!染み抜きして洗い張りいたしますのでっ」
と、まるで柔道の組手のような強さで僕の着物に手をかけると僕の上半身があらわになった。
あまり昼間に外に出ないため、真っ白い肌が露出した。勝手に僕の着物に手を掛け、上半身を裸にさせたのは翠の君のはずなのに、「わ、わーーー!」と悲鳴をあげると僕の前で目を覆ってしまった。
それと同時に僕の後ろでは、使用人が息をのんで言葉を失った。
「いえ、大丈夫です。安物ゆえ………僕はこれにて失礼いたします…」
僕は、サッと着物の上着を合わせるとその場を後にした。