『枝分けて 見つける文に 心揺れ』
あれから、何日が過ぎたのだろうか。私は本当に梓に言われた通りに、外出することなく屋敷に閉じ籠もっていた。
「…ひま、なのよね」
屋敷に一人でいると退屈で退屈で息が詰まってしまいそうだった。
ある日は、縁側で紙風船でポンポンと遊び、庭に出ては1人蹴鞠大会をしたりしながら過ごすものの1人では何も楽しくなどないのだ。
「あっ!」
鞠を変な方向へ飛ばしてしまい、垣根を揺らした。道路まで出ていかなくてよかったと垣根の枝々をかき分けながら、どこかへいってしまった鞠を救出しようとして、自分の屋敷の枝に紙が結び付けられているのを見つけた。
「なにこれ」
折りたたまれた紙を広げてみると、それは誰かからの手紙だった。
『 翠の君へ
お手紙で失礼します。寒くなってまいりました。風邪などは引いていないでしょうか。
あれから、町では見かけなくなってしまったので、お手紙を書かせていただきました。
また、お顔を拝見できたら良いのですが、叶わないことに寂しさを感じる日々です。』
こないだ町で会った人だということは、すぐに読み取ることが出来た。
さらさらと書かれた手紙の文字はとても綺麗な字体をしていて、文字にさえあの青年の繊細さがうかがえそうだった。
けれど、返事を返したくても私は相手の住所も名前も知らないから、これでは返信を書きようがない。
「困ったなぁ」
梓に外出禁止令を出されている身で、1人で勝手に外に出るわけには行かないし…
「でも、相手は手紙を使用人に渡すのではなく枝にくくりつけてあったんだから、とりあえず自分も返信を枝に付けておけばいいのかな」
普段は家でごろごろとしているだけなのに、ふみが届いたとあっては眠っているわけにはいかないと思った。手紙を通して誰かと繋がっていると思えるだけで、退屈な日常に色が戻ってきたような気持ちになった。
最近まったく使っていなかった硯と筆を取り出した。返信用の紙は色紙にしたほうがいいだろうか?などとなんだか、学生時代を思い出すようでワクワクとした。女学校に通っていた頃には、同級生の女の子達と恋バナで盛り上がっていたものだが、その友達もいまや結婚してしまって以来まったくの音信不通で、今日まで私は文字を書くということを忘れてしまっていたようだ。
「えーと…手紙の書き始めってどんなだったかしら」
言いたいことは、いっぱいあるのにいざ文字にしようとして、その言葉は自分の口から相手に届けたいものだと気づかされる。
定型文のように堅い文字から書き出そうとして、自分のおてんばさを知られているだけに、これも違う、あれも違うと書いては捨て書いては捨てを繰り返しているうちに、なにを伝えたいのかも分からなくなってきてしまった。
私は私らしくいようと思い、少ない文字を枝に結びつけた。