『帰り道 翠の衣の お姫様』
屋敷までの道のりを歩きながら、青年が私に話しかけてきた。
「そのかんざし、大切な物なんですね」
「…母の形見なんです」
床に落ちた汚れを払いながら、私が髪にさし直す。
「え…?そんなに大切な物を諦めようしていたんですか??」
私は、あの時女の子が本当に気に入ってしまったのなら、それは仕方のないことかな。と、思っていた。
「はい。これは、小さな頃に母に買ってもらった物で、だから成人した私には合わない事は分かっているのですが、捨てられなくて」
「…お金にならないなどと言ってしまい申し訳ありませんでした」
相手は、交換の時に言った言葉を謝罪してきた。
「いえ、実際安物です。でも、母との思い出がこれくらいしかなくて」
「物を大切に出来る人は素敵だと思います」
「あ……ありがとう」
他人から自分の事を褒められるのなんていつぶりだろうか。しかもこんなに格好良い人から褒められた事なんてないから、横を歩きながら顔が熱くなっているのが自分で分かるような気がする。
「結婚している方に言い寄ってるみたいなのよくないですよね」
「え…………いえ、私は独り身です。こんな、泥だらけの女なんて貰い手ないです」
そう言いながら、いまの自分の格好を自分で見てみる。昼間に派手に転び、夕方はかんざしを探していたから裾は汚れに汚れてしまっている。
「使用人にも、いつもおてんばだと言われていますし、お見合いも上手くいったためしなんてないんです」
「そうなんですか?」
独り身に関する返答なのか、お見合いが上手くいかない事への返答なのか、よくわからなかったけれど、私は話を続けた。
「はい…。初めてのお見合いは緊張しすぎてお茶をこぼしてしまったし…その次のお見合いもちょっとした段差に躓いてしまって今日のように転んでしまって」
「誰しも失敗くらいしますよ」
私は初めて出会った青年に数ある失敗談を優しくなだめてもらった。
「でも、いつもいつも大切なところで失敗しちゃうんですよね」
そうして私は、25歳をすぎても誰からも貰われていかなかったのだ。たぶんこの先においても貰い手などない。そう、自覚している私に青年が思いもよらないことを口にする。
「でも、僕は貴女が誰の者でもなくて嬉しいです」
「え………………………」
それはいったいどういう…?と聞こうとした時
「お嬢様!!遅いので心配しました」
屋敷の門の前で私の帰りを待っていた梓が私の元へと駆け寄ってきた。
「かんざしは見つかりましたか?」
「あ、うん」
使用人からの安否確認が終わると、私の傍らに立つ青年に梓が目をやる。
「それはよかったです。この方は…昼間の?」
「こんばんわ。遅くなってしまったので送らせていただきました。それでは、また翠の君」
青年が私に微笑みかけて、いま来た道を帰っていく。
「え………翠の君って、もしかして私のこと?」
そんなお姫様みたいな呼ばれ方したことない。
「いったい町で何があったんですか?」
「えと……その、私にもちょっとよく分からないの」
梓に夕方からの出来事を相談したいけれど、上手く頭が回ってくれそうになかった。