『思い出や 初紅をさす 幼き頃』
「ふんふーん♪」
私は、嬉しさのあまり鼻歌を歌いながら家に帰ってきた。
「今日は、なんだかとてもいい日になったわね」
私は梓にふりかえった。
「あーゆーのは、ちゃんとお断りしないとダメですよ」
「なんで?すごい良い人だったじゃないーほら、干芋が2袋も!相手の好意なんだし、いいじゃない」
私は自慢げに紙袋を梓の目の前につき出した。
「そうですけど……あら?お嬢様、髪飾りが無くなってしまっております」
「え?!」
言われて、頭の後ろの方を触ってみると、たしかにかんざしが無くなってしまっていた。
「私、探してくるわ!」
「でも、もうすぐ夕刻ですよ?私も御一緒に」
「一人で大丈夫!梓は夕飯の準備でもしておいて」
私は梓に背を向けると、いま来た道を足早に戻る。転んだ時にどこかへいってしまったのだろうか?暗くなる前に探してしまわないと……と、足元ばかりに気をとられてしまっていたから、私は前から人が来ていることに気づかずにぶつかってしまった。
「……あ、すいません」
「おや?今日はよく会いますね」
顔をあげるとそこには、先程干芋を交換してくれた青年が立っていた。
「どうかされましたか?」
「ちょっと探しものを…かんざしを落としてしまったみたいで」
私が困った顔を見せると相手はまるで自分が落とし物をしたみたいに苦しそうな顔になった。
「それは、お困りでしょう。僕も一緒に探します。特徴をお聞かせ願えませんか?」
「えと、赤いかんざしに桜の絵が入っていて」
落とし物なんて、そう簡単に見つかるものではない。探す人数が二人に増えたところで見つからないかもしれない。
私達は、さきほど出会った場所まで戻ってきていた。
「転んだのこの辺だから、あるかなって思ったんだけど…ないなぁ」
誰かに蹴飛ばされて裏路地とかに行ってしまったのだろうか?
裏路地には、道で遊んでいる女の子がいた。
その女の子の頭には、赤いかんざしが刺さっていた。
「(あれって、私の物じゃ…」
私は女の子にかけより話しかける。
「もし、その髪飾りどうしたの?」
「あ、これね!さっき拾ったの可愛いでしょ」
女の子は私のかんざしを気に入ってしまっている様子だ。どうしよう、私の物だから返してと言えなくなってしまった。
「どうされました?」
そこへ、一緒に探してくれていた青年がやってきた。
「あの…お子さんのかんざし、私の物なんだけど…」
「それは確かですか?」
かんざしが似たものではなく、本当に自分の物かどうか問われる。
「はい。間違いではないのですが…いたく気に入ってしまっているみたいなので、もう諦めようかと…」
「少し、ここで待っていてください」
そう言うと、青年は女の子に近づいた。
「可愛いお嬢さん。そのかんざしを少し見せてはいただけませんか?」
「え、やだぁ!私が見つけたやつだもん」
「そうおっしゃらず…」
家の目の前でのやり取りに、家の中から女の子のお母さんがやってきた。
「ちょっと!アンタ、うちの子になんなんだい!!」
「おかあちゃん…この人が私のかんざしを」
子供に目線を合わせるために屈んでいた青年が立ち上がる。
「すいません。そちら私の友人の物でして…返していただきたいのです」
「うちの子が他人の物を取ったとでもいいたいのかい?」
子供のお母さんは怒鳴り声をあげる。
「いえ、私はただ…こちらのかんざしと交換していただきたいだけなのです」
青年は懐から高そうなかんざしを取り出した。
「はぁ?!うちの子は、いまつけてるのが気にいってるんだよ」
子供は泣きながらお母さんに抱きついた。
「子供の興味なんてすぐになくなります。金に替えるなら、こちらのほうが金になりますのに…残念です」
青年が相手の家から帰ろうとした時、お母さんは子供の頭から私のかんざしを抜き取るのが見えた。
「こ…こんな、土まみれのかんざしなんてくれてやりな!」
「えぇ、それのほうが可愛いのにー」
お母さんは青年に私のかんざしをつき出す。
「さっさとどこかへ行っておくれ」
青年は約束通り、懐から出したかんざしと取り替えて私の所へと戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
私の手元に汚れたかんざしが返ってきた。
「お間違えなかったでしょうか?」
「はい!…間違えなく私のです。あの、本当にありがとうございます。」
昼間の時といい、いまも迷惑ばかりかけてしまったというのに、相手は全然迷惑とも思っていないのか、私に優しく微笑みかえしてくれた。
「遅いですからお家まで御送りしましょう」
気づくと、もうすぐ夕日が沈みそうになっていた。さすがに悪いとは思いながらも一人で帰るのも、いささか危ない気もして相手の好意に甘えることにした。