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母の日のんびり、ささやかな喜びを。

作者: 白夜いくと

 今日は母の日。


 昨日。母に『何食べたい?』とメールを送った。三十分ぐらいで、『サンドイッチ一緒に作ろう!』と返信が来る。正直『何も要らない』と言われると思っていたから驚いた。


 なんだか嬉しかった。母と一緒に調理をする。何年ぶりだろう。ドキドキ……。


 だから、今日サンドイッチを作った。少ないマーガリンを薄切り8枚パンにぬりぬり。出来合いの卵ペーストを挟んで、卵のサンドイッチが出来上がる。マヨネーズを隠し味に塗って、ハムチーズのサンドイッチも作った。

 半分に切るだけなのに、母は、


「気ぃつけや」


 とか、


「潰したアカンで」

 

 とか横で意見して来る。私は、「大丈夫。プロやもん!」と勢いでサクッとサンドイッチを切った。断面を見る。うん。なかなか上手くできたのではないだろうか。と自画自賛。


「アンタも飲むやろ?」


 と。親が入れてくれたコーンポタージュをこくりと飲む。喉に熱が伝わると、首から肩にかけてポカポカ温まっていった。


 いただきますをして、二切れずつ食べる。食べている途中で、私たちは気づいた。


「食べきれないね」


 と母。私は、


「残った分は、私が全て貰おうっ!」


 と、まん丸お腹を叩く。

 それだけで、笑いが起こった。なんて幸せな時間。しかし、今日は気圧が低すぎた。いろいろやりたかったことが、ほぼ私が寝たきりになったことで出来なくなる。

 母が仕事に必要な物を買いに行くついでに、私の昼ご飯なども買って来てくれるようだ。「何が良い?」と訊いてくれた。くそぅ。今日は自分で買いに行って、母にお肉や果物をたらふく食べさせてあげたかったのに!


 ……と、思うものの、私は言葉も発せられず。親が、


「あげ出汁豆腐とかどうや?」


 と提案してくれた。きっとホルモンバランスのことを心配しての事だろう。さすが私の体調のことは、私より知っている母だ。

 私は、


「頼む……」


 それだけ言うと、午前中は死んだように眠った。夢の中で大きくて重いリュックを落とす夢を見た。だけれど、それは今回関係のないお話。


 目が醒めると、母は仕事に行く準備をしていた。


(いつの間に……)


 そう思うが、身体が動かない。私が起きたのを確認すると、母が、「あげ出汁豆腐。冷蔵庫にあるで」そう言ってくれた。私は、「ありがとう」と言って、力を振り絞って起き上がった。


 壁を這うように冷蔵庫まで向かう。中に入っていた、出汁がコラーゲンの塊みたいになっているあげ出汁豆腐をレンジで温めた。2分くらいで出汁の良い香りがしてくる。


 ピーピーと、電子レンジが鳴る。


 私はアツアツのあげ出汁豆腐を慎重に机までもっていき、食べた。おあげさんよりかは淡白な味。ふっくらつるりん豆腐が美味しい。出汁をスプーンですくって飲む。この甘じょぱさが良い。癖になってもう一口飲んでしまう。

 行く準備が終わった母は、洗濯ものを畳んでいた。


「ごちそうさまー」


 私が食べ終わったころ。母は洗濯物を干していたのだが……。


 遠目に見たその背中が、凄く凄く細く思えたのだ。何だかそれだけなのだが、それに気づくと家事を手伝いたくなった。この気持ちは、今は説明できない。私が洗い物をしようとすると、母は「しやんでええよ。寝とき」と、止めた。

 私は少し不貞腐れて母に言った。


「だって今日。母の日やん。私何にもしてないよ?」

「ええねん。気ぃ遣わんでも」

「なぁなぁ、何かできることない?」


 そう言ったら、母は「母の日だけ頑張られてもなぁ……」と言った。それもそうだ。と、私は頷く。母は続けて言った。


「いつか一人で全部できなあかんねんで。毎日少しずつ出来るようになってや」

「……あい!」

「何その返事」

「ふふふ、赤ちゃんのマネ」

「きっしょ!」

「ひどい!」


 そんな会話が続いたところで、自然と『産んでくれてありがとう』と伝えた。母は、少し照れくさそうに、『こんな大きくなるとは思わへんかったけど、産まれて来てくれてありがとう』と返してくれた。


 何だか体全体がポカポカした気持ちになった。体中の神経が一つの線になったような。不思議な感覚だ。きっとドーパミンとやらも出たと思う。こういうのを『喜び』って言うんだなって実感した瞬間だ。


 その後は、私が一方的に思ったことを投げかける会話が続いた。例えば、


「ユーリンチーって、人の名前みたいやな」

「唐揚げやー」


 とか、


「お菓子って湿ってる方か美味しくない?」

「パリパリの方が好きやなー」


 とか。


 今日という日が、母にとって特別な日であったかは分からない。でも、こういう日常こそ、大切にしたいと思った。母はもうじき仕事に行ってしまう。そのために仮眠という名の爆睡をしている。何事もなく、無事に帰って来てくれたら私は毎日が幸せなのであるが……。


 ふと母の寝顔を見ながら思う。


 いつかこの顔が冷たくなる日が来るのかと。そう思うと何だか寂しくなったので母の鼻をつねったら、「何すんねん」と怒られた。まったく……子の気も知らないで。


 いつもありがとう。でも頑張りすぎないでね。帰ってくるの待ってるよ!

母は数分前に仕事に行きました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 母子の お互いを思いやる気持ちが じわーっと伝わってきます。 [気になる点] 特にありません [一言] 本当にどこにでもありそうな 二人のやりとりだけど、とってもあたたかくて、また読…
[良い点] 一緒に作ろうと誘いかけてくださるなんて素敵なお母様ですね!! あたたかな気持ちをお裾分けいただきました(*´ω`*) "母の日"のお話をうかがえて良かったです。
[一言] 白夜さんとお母さまの素敵な関係性に惚れ惚れしながら読ませて頂きました。 母の日にお母さまを喜ばせたい白夜さんと、体調を気遣って体に良い料理を用意してくれるお母さまと。 おふたりでサンドイッチ…
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