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イノセント・キングズ  作者: 神木理玖
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第一話-4 二人の友人 その二

「で?今回は何泊する気だ?」


 新しく準備したお茶を客間に持っていくと、まず最初に主様の不満気な声が耳に届いた。一方で、向かい合うベルジェ様は自信満々に指を立てる。


「三泊だ!」

「一泊です」


 僕の横で、お茶菓子にと持ってきて下さったパウンドケーキを取り分けているクシロムさんが間髪入れずに言った。ベルジェ様は驚いたようにクシロムさんに食い付いた。


「なに!僕は三泊分の荷物を用意しておいたはずだぞ!」

「綺麗に畳まれていたのでそのままタンスにお戻ししました。一泊です」

「な、なに勝手なことしてんだよ!召使いの分際で!」


 ソファでバタバタと反抗するベルジェ様。一方、相変わらず冷静なクシロムさんは丁寧に僕にもパウンドケーキを渡してくれた。おお、申し訳ない……。


「僕にまですみません、ありがとうございます……」

「こちらこそ、坊ちゃんの我儘に付き合わせてしまい申し訳ありません」

「おい!僕を無視するな!」


 僕は交換に紅茶を淹れたカップを差し出す。それを受け取ったクシロムさんは、ベルジェ様の方へ向き直って眉を顰めた。


「我儘はお控え下さい、坊ちゃん。お仕事もありますし、本来ならば一泊せずとも済む用事でしょう」


 一泊せずとも済む用事──その言葉に主様は察しがついたようで、口を付けていたカップをテーブルに置いた。


「とすると、今日来た用件は報告書の回収か?」

「……まぁな」


 ベルジェ様は頷きながらフォークに手を伸ばす。


「締切は一週間後だがな、仕事の早いお前のことだ、もう終わっているんだろ?」

「……まぁ、終わってはいますけど」


 主様の仕事はベルジェ様を通して指示されることがほとんどで、その提出もベルジェ様が担っている。言わば橋渡し的な役割をベルジェ様に任せているのだ。

 主様は自分の書斎から取ってきた資料をベルジェ様に手渡した。


「ったく、面倒な仕事を増やしやがって。なんでこんな開催直前に、たった一人のために予算を見直さなきゃなんねぇんだよ」

「まぁそう文句を垂れるな。上からの指示だ、僕に文句を言っても無駄だからな」


 そう主様に返しながら資料を確認するベルジェ様。主様のお仕事の詳細について僕はよく知らないのだが、開催直前……予算を見直し……僕は何気なく主様に質問した。


「開催直前──ということはもしかして、例の『パーティ』関係ってことですか?」

「そう──『王国誕生百周年記念パーティ』の予算だ」


 この王国は今年で誕生からちょうど百周年を迎えるらしい。そして今から二週間後、それを記念した王室主催の記念パーティが行われるのだ。

 確か主様の元にも招待状が届いたが、当然のことながら欠席に丸を付けていた。そして確か、最近主様が任されていたお仕事はパーティの予算を計算するお仕事。自分が出席もしないパーティの予算計算、しかも一回片付いた仕事を再びやり直される結果となったのだ。主様としては不満が募るばかりだろう。


「こんな直前に一人分追加とか……どこの誰だよ、そんな迷惑な奴は……」

「一人分追加、ですか……」


 ……あれ?でも確か……


「でも確か、参加締切は二ヶ月ほど前でしたよね?」


 僕は自身の記憶を探る。曖昧な記憶に自信はなかったが、すぐにクシロムさんが頷いてくれた。


「ええ、その通りです。ただこれには訳がありまして、それもあってこちらに伺わせて頂きました」

「……訳、ですか?主様に関係があることなんですか?」


 僕の言葉に、今度はベルジェ様が頷く。


「そ、リンに大きく関わるんだよ」

「……まさか」


 そこまでの言葉で何かを察する主様。ベルジェ様は大きく笑って見せた。


「そう、そのまさかだ、エリンズ・グランドホーク──」


 そしてすぐに笑みを消す。


「貴殿に、『王国誕生百周年記念パーティー』への出席が命じられた」

「……!」


 パーティへの出席?主様が欠席で提出したのをここにきてひっくり返したと?今になってどうして?


「おい、どういうことだ。俺は欠席と返答したはずだが?」


 主様も明らかにお怒りの様子だった。そりゃ当然だろう。主様は王国を追われた身。そもそも招待状が届くこと自体おかしいのに、それにわざわざ欠席の返事をしたにも関わらず、今頃になってそれを跳ね返されたのだ。


「俺は断固として行かないからな。上にもそう伝えておけ」

「僕にもお前にも拒否権はない。これは決定事項だ」

「勝手に決定事項にされてたまるか、ふざけるな」

「ふざけてなどいない。大人しく命令に従え、リン」


 拒絶反応を見せる主様と、命令を押し付けるベルジェ様。僕も正直主様に応戦しようかとも思ったが、一方でこんな命令を出す人物にはある程度検討がつく。ベルジェ様は主様を黙らせる切り札を使った。


「王妃殿下からのお達しだ。拒否権はない」

「……」


 流石の主様も口が止まる。やはり王妃様だったか。

 王妃様──国王陛下の妻にして、王国で二番目に権力を握るお方。

 そして、僕たちが住処としているこの館をご提供下さったお方。

 主様にさらなる追い打ちをかけるように、ベルジェ様の言葉は続く。

「素直に聞き入れてやれよ──実の母親からの頼みだろう?」

「……」


 王妃様。

 国王陛下の妻にして、王国で二番目に権力を握るお方──そして、主様の実の母親。

 ベルジェ様はニヤニヤと皮肉のこもった笑みを浮かべている。一方で主様は顔を歪めていた。


「まぁそう嫌そうな顔をするな。殿下のおかげで今の生活も成り立っているんだからな」


 ま、僕たちのおかげの方が大きいがな!──ベルジェ様は無邪気に、見た目相応の子どものように声を大にして胸を張る。しかしその後すぐに、


「それに、お前も勿論分かっていると思うが──」


 笑みを殺して主様を睨む。それは先程までの無邪気さなど一切ない、冷徹な目だった。


「それでも命令に背くと言うのなら、彼女にここの情報をリークするからな」


 ここの情報をリーク──それは僕たちが最も恐れることの一つ。

 先程王妃様がこの館を提供して下さったと紹介したが、正確には建設に関する提案・企画と費用全てを提供して下さっただけで、建設業者などは全てベルジェ様が手配して下さったものだ。ベルジェ様の計らいで、王妃様はこの館の場所を知らない。


「……分かったよ」


 主様は嫌々ながらも静かに呟いた。


「参加するよ」

「ふん、意外と素直だな、リン」


 ベルジェ様のお顔に、再び笑みが戻る。主様はパーティ参加の意志を固めたようだが、それでもまだ不安そうな表情だった。

 うーん、なんとか主様に元気を出してもらう方法はないものか……。もし僕も付いて行ってもいいのなら、喜んで付いて行くのだけど……。その方が主様も気が紛れるだろうし、僕もどこか他のところで一人待っているより断然良い。

 しかし、招待客とその付添人では扱いが違うだろう。しかも僕はただの『従者』という低い身分。一緒に行ったところでそれも途中までで、最終的に会場に入る時にはお別れしなければなってしまったりするかもしれない。

 そんな心配を他所に、ベルジェ様はフォークを置いて紅茶のカップに手を伸ばしながら続けた。


「安心しろ。お前が望むなら、ルーシーも連れて行っていいから」

「……!」


 ベルジェ様の、まるで僕たちの思考を読んだかのような言葉に驚く。一瞬主様の表情も晴れたようだったが、すぐに再び顔を曇らせた。


「でも追加したのは一人分だ。今回のパーティは付添人も全員人数に含めたはずだし、ファルの分はないんじゃ──」


 挙げられる懸念点。しかしベルジェ様は相変わらず余裕ありげに笑みを浮かべていた。


「元々、数人分余裕を持って人数を設定していてな。お前の欠席を知った殿下が、偶然見つけた最後の空席にお前をねじ込んだんだ。しかし、お前はルーシーが一緒じゃないと来ないだろうと思っていたからな、僕が頼んで一席増やしたんだ」


 つまり全て僕のおかげだな!感謝しろ!──再びふんぞり返るベルジェ様。しかし二人の会話をまとめると、付添人にも席が用意され、つまり僕もパーティに参加できるという──!


「──主様!」


 僕は主様の方へ向き直った。まだ不安そうな彼だったが、少し顔色が良くなったように見える。


「ファル……付いてきてくれるか?」


 ふと、こちらに視線を向ける。僕はソファの肘掛に置かれた彼の手をそっと握った。


「どこまでも付いて行きますよ、主様」


 主様の手はいつもに比べて少し冷たかった。しかし、僅かに感じた震えは収まった。


「……ありがとう。いつも悪いな。情けないよな、俺」

「いいえ、そんなことありません!いつでも僕は傍にいますから、気兼ねなく頼って下さい」


 主様の安心した顔に僕もそっと胸を撫で下ろす。手の熱も徐々に戻ってきているようだ。

 ……良かった。


「よし、決まりだな」


 そう言い、脇に置いていたカバンをガサゴソと漁るベルジェ様。


「僕から話しておきたいことは以上だ」


 彼が取り出したのは一枚の紙とペンだった。


「出席票だ。念の為、これにサインしてくれ」

「分かりましたよ。『リンゼル』名義でいいか?」

「ああ、むしろそっちじゃないと困る」


 『リンゼル』──『リンゼル・オーク』というのが、主様が使っている偽名だ。仕事を請け負う時や、このようなパーティ参加等で記録に残る時に使っている。


 『エリンズ・グランドホーク』は、既に存在しないことになっているはずだから。


「……よし」


 サインを確認すると、ベルジェ様は小さな体全身を使ってソファから飛び降りるように立ち上がった。


「任務完了、といった所だな。僕は一旦部屋に戻る。行くぞ、ロム」

「はい、かしこまりました」


 ベルジェ様のお皿を片付けていたクシロムさんは名前を呼ばれて手を止める。僕はそれをそっと受け取った。


「大丈夫ですよ、僕が片付けておきますので」

「……ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げるクシロムさん。彼はすぐに「失礼します」とだけ言い残すと、部屋を出て行くベルジェ様の背中を颯爽と追いかけて行った。


「……ふぅ」


 客人が去って行った所で、主様の緊張の糸が切れたようだ。溜息にも似た、小さな空気が口から漏れる。


「お疲れ様でした、主様。思わぬ事態になってしまいましたね」

「……あぁ、そうだな」


 未だにいつもの調子を取り戻せていないご様子だ。ここまで主様が弱るのは、必ずといっていいほどご家族が関わる時である。


「王妃様のご意向との事でしたが、どんな理由なんでしょう?」

「さあな……王室の事情なんて今更知らねぇし、知りたいとも思わねぇよ」


 口の端を引き攣らせ、小さく呟く。主様は素直じゃない性格で感情をあまり表に出さないが、これは相当不機嫌なようだ。それ程までに、主様とご家族の間にできた溝は深いのだ。

 ……何事もなければ良いのだけれど。


「すまない、ファル。また甘えちまって」


 気が付けば主様の手は僕の手元に伸びていた。片付けていたカップを置き、再び手を握る。


「気にしないでください。二人で頑張りましょ」

「……あぁ、本当にすまない……」


 彼は何度も詫びる言葉を繰り返していた。僕はただその隣に、静かに寄り添うことしかできなかった。




 同時刻。


「……」


 黙々とそれぞれの作業を進める二人の男。先に沈黙を破ったのは、荷物の整理を終えたクシロムだった。


「無事仕事が済んで良かったですね、坊ちゃん」


 荷物を壁際に寄せ、立ち上がりながら主人に話しかける。クシロムの背でナイトウェアに袖を通す彼は、そちらに視線を向けることなく、しかし意識を従者の方へ向けた。

「そうだな。ルーシーの同行は最終手段のつもりだったが、案外素直に頷いてくれて助かった」

 落ち着きのある声が答える。細身で高身長のその男──ベルジェは、クシロムへ怪しげな含み笑いを見せた。

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