3人目の対象者 美桜 p.3
「そういう事でしたら、お気遣いなく! むしろ、ワクワクします! 私、尾行とか、一度やってみたいと思っていたので!」
美桜は、何故だか、小さくガッツポーズをしている。やる気満々という事だろうか。
そして、暫しの間、片頬に人差し指を当てて何かを考える素振りを見せたかと思うと、またもや、突飛な事を言い出した。
「先輩! そのままでは、姿を見られるかも知れません。着ぐるみを着ましょう!」
「ええ? 着ぐるみ?」
「処分する物が1体あるんです。取ってきますから、先輩は、尾行を続けてください。すぐに、連絡入れます」
美桜は、唖然とする俺を残し、遊園地の奥へと駆けて行った。
数十分後、戻ってきた美桜に段ボールを押しつけられた俺は、建物の陰に隠れて、薄汚れたパンダへと変身を遂げた。
この遊園地の経営者の孫娘だという美桜は、たまに園内でアルバイトがてら、手伝いをしているようで、着ぐるみの1体をくすねて来るくらい、わけ無いという話を、着替えている間に聞かされた。
俺は、美桜の素性など全く知らなかったが、自分の素性を知っていたからこその、今回の抜擢なのだろうと推察する美桜に、それとなく話を合わせておいた。
変身した後は、美桜の誘導で、あいつの付近を付かず離れずウロチョロとする。パンダ好きのあいつは、俺のことが気になるのか、チラチラと視線を寄越す。しかし、子供っぽく駆け寄ってこないあたり、かなり自制しているようだ。
太陽は頭上高く登り、もう、そろそろ正午。気を引き締めなくては。どこで、どんなことが起こるか分からない。分かっていることは、あいつの身に危険が及ぶということだけだ。
美桜のキスによるタイムリープは、期待できない。なんとか、ここで食い止めなくては。
そう思った矢先、甲高い悲鳴が、周囲に響く。素早く視線を送ると、思った通り、あいつの周りで騒ぎが起きた。
ナイフを振り回しながら、あいつを威嚇する女。アレは、美穂か?
チクショウ。あいつを危険な目に合わせるのは、結局俺なのか。
ギリッと下唇を噛みながら、俺は、あいつと美穂の元へ走る。不恰好な着ぐるみのせいで走りにくい。
美穂が狂気の沙汰で、あいつにナイフで襲いかかる。その間へ俺は必死で飛び込んだ。
ズン!
鈍く重い衝撃が、体に伝わる。
「イヤーーーー!」
誰かの悲鳴を聞きながら、俺は思う。
誰でもいい。誰か、俺にキスをしてくれ! 本気のキスを。
そんな事を思いながら、俺は、その場に崩れ落ちた。