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ケッコンゲーム

ウエディングプランナーとは、結婚という人生最大ともいえる大イベントをプランニングする仕事である。

新郎と新婦の希望や予算などを聞きながら、二人の理想の結婚を実現するお手伝いをする。結婚式場選びから衣装決め、招待状の作成、当日の演出に至るまですべてを取り仕切る重要なポジションだ。



「演出ですよ、演出」



白井美佳子は、テーブルに肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せている。



「お前のはやり過ぎだ」



俺は上司として白井に注意した。


彼女が先月の暮れに担当した披露宴には虎が出た。その前はパトカーが式場を包囲した。花婿が経営する上場企業の株価が暴落したこともあったはずだ。



「楽しいですよ?」



白井は唇を尖らせる。彼女はいつもこんな調子だった。


白井は大学卒業後、大手広告代理店に就職。営業部に配属になってすぐに、成績トップに躍り出る。その後、海外マーケティング部の課長代理まで出世したが、二年前に退職。ウエディングプランナーに転身して現在に至る。



「次の式も楽しみです」


「……そうか」



俺はため息を吐くしかなかった。白井美佳子という女は、自分の興味があることなら、たとえどんな無茶なプランでも強引に押し通す。しかも、それがすべて成功するのだから始末が悪い。クライアントも彼女の提案を面白半分で受け入れてしまう。結果、トラブルが発生することも多々あった。だが、それを乗り切るのもまた彼女なのだ。

だから客受けは悪くないし、上層部にも顔が利く。せっかく結んだ契約を途中で破棄される、俺みたいな平社員にとっては雲の上の存在である。引け目を感じる部分もないとは言えない。



「そうか、じゃないですよ。先輩も手伝うんです。聞きませんでしたか?」



白井は身を乗り出して言う。



「聞いてない」


「言いましたよ。留守電に」



俺は携帯を取り出した。確かにメッセージが入っている。再生すると、「先輩、来週空いてますよね、どうせ。新郎を尾行するので付き合ってください」という内容だった。



「……行かないぞ?」



***



翌週、俺はマスクにサングラスの格好で電柱に隠れていた。隣にいる白井も似たような格好をしている。彼女は髪を後ろで束ねていた。


俺たちの視線の先にいるのは来月に挙式予定の新郎である。年齢は三十歳前後だろうか。長身で細身。整った顔立ちをしており、女性人気はかなり高そうだ。



「いい男ですね」


「客の旦那だぞ」


「ほら、ちゃんと見てくださいよ。あの凛々しい目付きとか」



俺は呆れて首を振った。



「そんなことより、なんで俺がこんなことをしなくちゃならない。これはウエディングプランナーの仕事か?」


「演出ですよ、演出」



胸を張って答える。



「またそれか……」



俺は黙って肩を落とした。



「あ、ターゲットが動きましたよ」



白井が歩き出す。


新郎はしきりに周りを警戒していた。雑居ビルの一階にある喫茶店に入ると、奥まった席に座る。俺たちも彼の動向をさぐれるくらいの距離で席を陣取った。

白井はもう尾行には飽きたのか、変装用のサングラスを外してしまい、メニューを睨んでいる。パフェもいいけど、パンケーキも捨てがたい……。そんな独り言を呟いている。



「それにしても、どうしてこんなことをしようと思ったんだ?」



ずっと気になっていたことを耳打ちで聞いてみる。すると意外な答えが返ってきた。



「私は新郎が結婚詐欺を働いていると確信しています」



白井はきっぱりと言い切った。



「こちらをご覧ください。新郎が式場予約をした際に書いた名前です」



白井は自分のスマホを開き、 契約書の写真を見せた。氏名を書く欄には『佐藤太郎』とある。



「実はこれ……偽名なんです」


「だろうな」



俺は納得していた。想像以上に偽名らしい偽名だったからだ。


白井はスマホの画面をスライドさせ、別の写真を表示させる。



「先輩はこの顔を見て、思い当たる節があるんじゃないですか?」



そう言われ、俺はその顔写真をじっと見つめてみる。



「……そうだ。この顔。俺が結んだ契約を途中で破棄したカップルの男だ」


「挙式前にトンズラする。結婚詐欺師にありがちな行動ですね」



白井は声を落とし、目を光らせた。



「それじゃあ、通報するから」



俺がスマホを取り出して警察に連絡しようとすると、白井がそれを制した。



「ちょちょちょ!」


「どうした」


「私は……式を挙げたいです」


「……何を言ってるんだ?」



新郎は結婚詐欺師。挙式前にトンズラするような男。それをわかった上で彼女は式を挙げたがっている。



「こんなにスリリングな結婚式を担当できる機会なんてそうありません。私はこの式を挙げたいです。それに……」



サングラス越しでも白井が今まで見せたことのない真剣な表情を浮かべていることがわかった。彼女は言った。



「むかつくじゃないですか。もちろん騙された花嫁さんたちの気持ちを考えてもむかつきます。でもこのままじゃ、先輩だって報われませんよ。先輩が担当したアイツのプランニング。ようやく契約を取れた先輩が、ばかみたいに融通のきかない石頭でプランを練って、最高の式にして喜んでもらおうって。思い出に残るような式にしようって。先輩が徹夜で考えてたのに……」


「……いいんだよ、もう」


「よくないです。先輩、楽しそうだったじゃないですか。もうみんな退社したのにひとりでデスクに向かって、次の日に出勤したらよだれ垂らして寝てて、資料とかが大量に散らかってて、全部に目を通した跡が残ってて、そこに書かれたメモひとつひとつに気持ちがこもってて……。私はそういう先輩を見て、羨ましいと思ったんです。あんなふうになりたいと思ったんです。今まで先輩みたいに楽しんで仕事をしたことなんてなかったから」



俺は思い出した。白井美佳子が入社した当時のこと。彼女はマジメを絵に書いたようなキャリアウーマンだった。責任感が強くて自分に厳しい。今の彼女からは想像もできない姿だ。



「……お前のはやり過ぎだ」



俺の言葉に白井も応じる。



「演出ですよ、演出」


「なにか、案があるんだな?」


「虎よりは大掛かりですね」


「……赤字かもな」


「なんとかなりますよ!」



***



それから一週間後、俺たちは都内某所にあるホテルの七階にいた。

ロビーは高級感のある造りで、天井はやけに高く、柱や壁の彫刻も見事だ。奥の扉を開けるとバージンロードのある部屋に出る。さすが結婚詐欺師が目につけたお嬢様なだけあって、結婚式にも金をかけるようだ。


俺たちはロビーのソファに座り、ローテーブルを挟んだ向かい側にクライアントの新郎新婦がいる。



「今日はリハーサルになっています。あの扉を開けますので、衣装に着替えた状態で実際にバージンロードを歩いてみていただけますか?」



白井は新郎新婦に結婚式での流れを説明していた。新郎の誘導を済ませると彼女は花嫁女性と目配せした。その後、俺のほうにも視線を送り、頷き合う。


そのとき、新郎が口を挟んだ。



「衣装を着る必要はあるんですか」


「ドレスでの歩き方などもレクチャーできればと思っておりますので」


「ならコイツだけでいいですよね。どうして僕まで着替えるんですか」



トラウマが蘇る。あのときも新郎の男はこちらに難癖をつけて契約を破棄にしたのである。俺が考えたプランを汚い言葉で貶したのだ。当時の俺は、それが結婚詐欺師が挙式から逃げるための言い訳だったとは思いもしなかった。だから彼の言葉にひどく傷ついた。



「ご一緒のほうがよろしいかなと……」


「勝手に決めないでください。なんか怪しいなあ。もしかして、ここで試着することで料金が発生する感じですか。本当にあなたたち、信頼して大丈夫なんですか?」


「……」



白井が押されていた。


……大丈夫か?


不安を感じた俺は、彼女を見た。悔しそうに下唇を噛んでいる。



「うーん、やっぱり辞めます。なんか信頼できないというか、この人たちに僕らの結婚を任せる気になれませんので」



新郎は席を立った。エレベーターの方向に行ってしまう。新婦もどうしていいか分からず、何度もこちらに救いを求めるような目線を送りながら、結局エレベーターに乗り込んだ。


俺は白井に言った。



「どうするんだ。リハーサルと騙して強引に本番を決行する作戦だろ?」


「……」



エレベーターが閉まりかけている。俺は勝手に足を踏み出していた。このまま終わってたまるか、という気持ちがそうさせたのだ。


閉まりかけのエレベーターの扉をこじ開けて、俺は新郎の頬を殴った。



「この……クソ野郎め!」



そのとき、向かい合わせで二つあるエレベーターの扉の、反対側が開いた。


開けた先には、赤い絨毯が敷かれた道が続いていた。俺はこの絨毯の道をよく知っている。両脇にたくさんの椅子が並んでおり、道の先には祭壇。これはバージンロードだ。



「な、なんだ?」



新郎と俺は同時に呟いた。新郎は殴られた衝撃で尻餅をついており、俺は自分の置かれた状況がわからず、立ち尽くしている。


席に座る女性たちが、いっぺんにこちらを向いた。その女性たちの顔を見た新郎が青ざめる。



「彼女らはみんな、彼に騙された被害者女性たちです」



白井の声だ。いつの間にか、後ろまで追ってきていたらしい。



「さあ、最高の式のお時間です。末永く楽しみましょう!」



白井は高らかに宣言した。会場から拍手喝采が上がる。新郎と俺の顔はひどく引きつっていた。



***



「ところで」



俺は白井に言った。



「新郎を尾行したのは何の意味があったんだ? 尾行する前から結婚詐欺師であることは確定していただろ」


「演出ですよ、演出」


「……俺に計画の一部を黙っていたのも演出か?」



エレベーターの反対側が式場に繋がっているなんて聞いていない。



「演出です」



白井はスマホで動画を再生する。



『この……クソ野郎め!』



俺が新郎を殴ったシーンだ。どうやらエレベーターに隠しカメラが仕込まれていたらしい。



「かっこよかったですよ、先輩」


「……これがどうかしたのか」


「この動画を参列者に無料配布したのですが、大ウケでした」


「上司をピエロにしたのかよ」


「ピエロはピエロでも、客寄せピエロですよ」



そのときだった。参列者の女性が俺のもとに走ってきて言った。なぜか彼女は頬を赤らめている。



「あの……連絡先を聞いてもよろしいですか?」


「え?」



白井が不思議がる俺に耳打ちする。



「参列者の女性たちは全員、結婚詐欺師が目をつけるほどのリッチウーマン。後は先輩がどなたかと結婚して、その披露宴を私がド派手にプランニングする。言いましたよね。赤字はなんとかなる」


「演出ってそういう……」


「かっこよかったですよ、先輩」



悪い笑みをたたえながら、白井はふたたびあの動画を再生した。

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