006 百聞は一見にしかず
「何が、だと思う?」
また本棚の方へと行き、先程までとは違う段で、本の物色を開始した栞は、僕に背を向けたままそう答えた。
声の感じから判断するに、どうやら、栞はそんなに怒ってないらしい。
今日は機嫌がいいのかもしれない。……機嫌がいい理由については、全く心当たりはないが。
それにしても、何が嘘だというんだろう。
嘘の候補として考えられるのは……本の中に、本当にあった話がある、という事か?あ、それとも、栞が今怒っていないように見える事が、か?いやいや落ち着け自分。僕がくだらない事を言ったのは、栞が笑い出した後だ。という事はやっぱり、
「……この本の中に、【本当に有った話がある】という事、かな。」
「……………。」
栞は何も答えない。
「……………栞?」
ふりむいて、僕の瞳を覗き込むと、栞は囁くような声で言った。
「ふふふ、何をそんなに怯えているんだい?ふむ。私とした事が、失言したようだ。」
「別に怯えてはいないよ。………それで、失言って?」
「厳密には、別に嘘では無かったよ。私はこの話の中に、【本当にあった】話があると思っていないが、よく考えてみると、本当はあると思っているのかもしれない。」
また栞がよく分からない事を言い出した。
「君がそういう類のモノ―――幽霊やら怨霊やら―――を信じていないのは知っているけど、この場合は……どうなるんだ?」
この場合は、【本当には無い話】を信じていた所で、それが霊的なものであるかどうかは、読んでみないと分からない。
信じていないというからには、それは霊的な話ではないのだろうが、それなら言いよどむ意味が分からない。
やはり一度本を実際に読んでみるべきだろうか。
「どうにもならないさ。ただ単に私の言い間違いだよ。」
何となく腑に落ちない。
隠しているわけではないが、何かを言わないでいるような感じもする。
僕が次の言葉を紡ぐ前に、栞が言葉を重ねる。
「それに私は、別に信じていない訳じゃないよ。そういう類のものを。」
「え?でも君はいつも……」
「信じさせられる程の根拠がないからね、殆どの話には。信じるに足る根拠を示してくれれば、私はもちろんそれを信じるさ。」
「……………。」
「その本に載っている話なんだが。ふむ。………それに限っては、もしかしたら本当の話なのかも。しれないなあ。」
僅かに言いよどむ。信じるのに抵抗があるのだろうか。
「え?霊的な、話なのか?」
「ふ。読んでみるといいじゃあないか。」
余裕たっぷり、といった笑みを浮かべて、栞は言った。
……………なんなんだよその余裕は。