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たまちゃん

作者: 鈴村蓮

 あるところに、しぜんゆたかな里山がありました。

 山中にはクヌギやコナラなどの木々が立ちならび、地面には落ち葉のじゅうたんがしきつめられています。そのすき間からは小さな植物が芽を出し、花を咲かせ、せいいっぱいせのびをして太陽の光をあびようと体を広げていました。

 山のふもとには、水をたたえた田んぼが広がっています。どこも田植えを終えたばかりのようで、まだ短い苗が風にゆれてさやさやと音を立てます。

 そんな緑あふれる林と田んぼにはさまれるようにして、小さな池がありました。

 中をのぞけば若草色の水草が一面に生え、ときおりぽこりぽこりとあわを出しています。水のながれはおだやかで、水底ではたにしがのんびりと地面をはっていました。水面がゆれると、はねかえされた太陽光が水中をきらきらと踊ります。

 その光の間をぬうように泳ぐ、十ぴきほどのメダカのむれがいました。

 かれらはメダカのきょうだい。生まれた時から、この池でいっしょにくらしています。みんなは黒い線の入ったせなかをゆらゆらさせながら、水面ちかくに細長い体をならべます。そして小さな口をぱくぱくさせて、むちゅうでごはんを食べていました。

 その中に、一ぴきだけほかとはちがう子がまざっていました。

 まっ黒で丸い頭に、ぽかんと開いた大きな口。体表はつるんとしていて、ほかの子のむねやせなかについているひれもありません。おしりについた細いおびれをのぞけば、のっぺりとした体つきです。

 まるで玉のようなすがただったので、その子はみんなから「たまちゃん」とよばれていました。


 たまちゃんは、メダカのきょうだいのようにはやくおよげません。細いおびれでは、上手に水をかけないからです。

 また、水草の森の中をすすむのもにがてです。水草をかきわけるむなびれがなく、すぐにからまってしまうからです。

 しかし、メダカのきょうだいが、たまちゃんをおいていくことはありませんでした。どんなにおくれても、たまちゃんをいつもまっていてくれます。

 でもたまちゃんは、みんなの足手まといになることがくやしくてしかたありません。

「どうして、ぼくはみんなとちがうんだろう」

 ある日たまちゃんは、しんがりをつとめるメダカのシロちゃんにそうだんしました。

 するとシロちゃんは、口を大きくあけてぱかぱかと笑います。

「どんなにかわっていても、たまちゃんはぼくらのなかまだよ。だって、ずっといっしょにそだってきたじゃないか」

「それは、そうだけど……」

「だいじょうぶ。ぼくらはいつも、たまちゃんのそばにいるよ」

 シロちゃんはそう言うと、むなびれでたまちゃんのせなかをやさしくなでました。


 メダカのきょうだいやたまちゃんが大きくなるにつれて、日の光がさしこむ時間は長くなり、池の水もだんだんとぬるんでいきます。それに合わせてごはんとなる水草や小さな生きものもふえ、みんなはそれを食べてますます大きくなっていきます。

 やがて、水草の森に小さな花がさきました。はじめは一つ、となりに二つ、くきをのばして水の外にも三つと、それはどんどんと数をふやしていきます。

 やがて森は、美しいお花畑へとすがたをかえました。

「きれいだねぇ、シロちゃん」

「うん。こんなにたくさんのお花、今まで見たことがないや」

 花をながめながらたまちゃんがみんなと泳いでいると、遠くに黒い岩がぽつりとたたずんでいることに気が付きました。

 大きさは小山ほどでしょうか。ふだん食事をしているものと同じ、どこにでもある形をしています。しかし、こけで緑色にそめられた岩はあちこちにありますが、黒いものは見たことがありませんでした。

「あれ、なんだろう」

「わかんない。あんなもの、あったかなぁ」

 すると、たまちゃんの前を泳いでいたメダカのきょうだいが、きゅうに泳ぐスピードをゆるめました。首をのばして先をのぞくと、先頭を泳いでいた長男のいっちゃんが岩の手前で立ちすくんでいます。

「いっちゃん、どうしたの?」

 声をかけ、いっちゃんに近づいたたまちゃんでしたが、岩を見て目を丸くしました。

 大きな岩のひょうめんが、もぞもぞとこきざみにゆれていたのです。しかもボコボコボコと、うねりのような音もします。

 よく見ると、それは黒い生きもののむれでした。何十ぴきもいるそれらが、少しのすきまもなく岩をおおっているのです。

 しかもおどろいたことに、生きものたちのすがたはたまちゃんそっくりでした。

「この子たちは、一体……」

 そのとき、一ぴきが岩からはなれて、すーっとこちらに近づいてきました。ほかの子とちがい、しっぽはみじかく、緑の体からのびる四本のぼうを上手にうごかしておよいでいます。

「こんにちは、メダカくんたち。ひみつのエサ場へようこそ」

「こ、ここは一体……」

「わたしたち、おたまじゃくしがよくつかっているレストランだよ。ここにはいいこけが生えているし、小さな生きものもたくさんいるんだ」

 おたまじゃくしさんが、岩をゆびさします。よく見れば、岩には色がこいこけがもさもさとしげっています。また岩のまわりでは、おいしそうな小さな生きものたちがたくさんおよいでいました。

「きみたちも、いっしょに食べないかい?」

「えっ、いいの?」

「うん、もちろん。みんなで食べたほうがおいしいからね」

 そうほほえんだおたまじゃくしさんは、たまちゃんに気がついて「あれ」と声を上げました。

「知らない顔のおたまじゃくしくんだね。どうして、メダカさんたちと一緒にいるの?」

「ぼ、ぼくはこのシロちゃんやいっちゃんたちのきょうだいだから……」

 たまちゃんがおずおず答えると、おたまじゃくしさんはフフッと笑います。

「おもしろいことを言うね。きみは、わたしたちのなかまなのに」

「え……?」

「ほら、もう足だって生えてきているじゃない」

 おたまじゃくしさんはそう言って、たまちゃんのおなかをゆびさしました。びっくりして体をひねらせると、たしかにしっぽのよこから二本のぼうがひょろりととび出ていました。

 シロちゃんはたまちゃんのまわりをぐるぐる回り、ひゃあと声を上げました。

「すごいや、水かきもある。たまちゃん、うごかしてごらんよ」

 たまちゃんがおしりに力を入れると、それはぐぐっとまがります。そして一気にのばすと、足が水をけってすごいスピードで体が前へとすすみました。

「な、何これ……」

「もう少ししたら、わたしみたいに前足も生えてきて、しっぽがなくなるんだ」

「し、しっぽもなくなるの?」

「そう。そうしてカエルになって、池の外でくらすんだよ」

 すると、おたまじゃくしさんはぽんと手をうちました。

「きみも、わたしたちのところにおいでよ。外でのくらしかたや、エサのとり方を教えてあげる」

「えっ、でも……」

「そろそろ、メダカくんたちについていくのが大変になってきたんじゃない?」

 たまちゃんは、ぱかりと開けた口をとじます。そのままだまっていると、おたまじゃくしさんは「いいよ、いいよ」とやさしく言いました。

「ゆっくり考えてみて。今は、いっしょにおいしいごはんを食べよう。メダカくんたちも、さあ」

 その言葉に、いっちゃんがおずおずとうなずきます。

「あ、ありがとう」

 およぎ出したおたまじゃくしさんにつづいて、メダカのきょうだいたちが岩の方へとむかいます。たまちゃんも、のろのろとその後についていきました。


 夜空に、月が明るくかがやいています。池のなかまがねしずまった夜ふけ、たまちゃんはひょっこりと水から頭を出しました。そして池の外にとび出た岩にのぼり、ぺたりとこしを下ろします。

 下を見ると、ぬれた二本の足が月の光をうけて黒々と光っていました。さらにむねからは、小さな前足も飛び出しています。

(どうして、ぼくはみんなとちがうんだろう)

 あのおたまじゃくしさんの言うとおり、たまちゃんの体には少しずつへんかがおとずれていました。

 まず、ときどき水から顔を出さないと、息ができなくなりました。

 さらに、草よりも小さい生きものの方がおいしいとかんじるようになってきました。

 それに、この足です。じぶんではよく見えませんが、きっとしっぽもみじかくなっているのでしょう。

 さいきん、メダカのきょうだいとはぐれることが多くなりました。それに気がついたとき、たまちゃんは目の前がまっくらになりました。

 このままでは、いつかみんなとはなればなれになってしまうでしょう。そうなったら、たまちゃんはひとりぼっちです。そんなの、とてもがまんができません。

(ずっと、みんなといっしょにいたいのに……)

「たまちゃん、たまちゃん。どうしてそんなところにいるの? 外に出たら死んじゃうよぅ!」

 水の中から、ひどくあわてた声がしました。見下ろすと、きょうだいの中で一番体の小さなクロちゃんがそこにいました。

「だいじょうぶだよ。水の外でもくるしくないんだ」

「でも……」

「だって、ぼくはみんなとちがうみたいだから」

 それがひどくさみしい声だったので、クロちゃんは口をとざします。そして、だまって水の中から空を見上げました。

「……ねぇ、クロちゃん。ぼくはどうして、メダカじゃないんだろうね」

「おれたちと一緒にいるの、つらい? おたまじゃくしさんが言っていたとおり」

 クロちゃんのしつもんにたまちゃんは首をよこにふりかけましたが、少し考えてからこくりとうなずきました。

 どんなにはぐれても、食べものがかわっても、メダカのきょうだいはたまちゃんをなかまはずれにはしませんでした。むれにもどれば、またいっしょにおよいだり、ごはんを食べたりしてくれます。

 それでも、一ぴきでおよいでいると、このままみんなからわすれられてしまうのでは、という考えが頭をよぎることがあります。それがこわくて、悲しくて、どうして自分だけ、と思ってつらくなるのです。

「ひとりになるのは、いやなんだ。本当はずっと、みんなといっしょにいたいんだ。それなのに……」

たまちゃんの目から、なみだがぽろりとこぼれます。それを、クロちゃんはパクリと大きな口でのみこみました。

「どんなにぼくらとちがっていても、たまちゃんはずっとずっとなかまだよ。それはみんな思っている」

 クロちゃんは、きっぱりと言いました。

「だから、たまちゃんはじぶんが生きやすいところでくらしなよ。だって、ひとりじゃないんだから」

 たまちゃんは目を見開き、足元のクロちゃんを見つめます。クロちゃんはむなびれを水から出して、たまちゃんをはげますようにその足をにぎります。

「いつもとなりにおれたちがいるんだから、どこへでも行けるでしょう?」

 ちょっとさみしいけれどね、とつけたし、クロちゃんは苦笑します。その声が、少しだけふるえていました。

 たまちゃんはむねが苦しくなり、クロちゃんのむなびれをぎゅっとにぎります。

「ありがとう、ありがとう、クロちゃん……」

 水面にうつる月が、波にゆれています。

 空を見上げると、本物の月もゆらりと形をくずしました。


 しばらくすると、たまちゃんの体から少しずつ色がぬけてきました。細かった足も太くなり、しっぽはもうほとんどありません。

 ある雨の日のこと。息をするために水面へ上がってきたたまちゃんは、遠くから聞こえるケロケロケロ……という合唱を耳にしました。

 それはとてもなつかしいひびきで、聞いているうちに、あの声の元へ行かねばならない、という思いが体のおくからせり上がってきました。

「たまちゃん、行くの?」

 ふりむけば、いっちゃんを始めとするメダカのきょうだいたちが、ずらりとならんでいました。

「……うん」

 うなずくと、シロちゃんが出てきてたまちゃんをぎゅっとだきしめます。

「だいじょうぶ、どこへ行ってもたまちゃんはぼくらのなかまだから」

「それに、同じ里山にいるんだ。また会えるよ」

「また水をのみにおいでね。ここの水はとてもおいしいもの」

 シロちゃんを皮切りに、きょうだいたちが口々に言います。たまちゃんは、首をたてにふりつづけました。

 シロちゃんが、たまちゃんをはなします。

「いってらっしゃい。ほかの生きものに気をつけるんだよ」

「ありがとう。みんなもね!」

 たまちゃんは、きょうだいたちにせなかを向けておよぎ出しました。そして水の外へ出て、声のする方にとびはねていきます。

 もう、さみしくはありませんでした。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 こちらは、友人からの「おたまじゃくしのたまちゃんが成長する話」というお題を元に書いた話です。その際、たまちゃんが月を眺めているかわいいイメージイラストもいただいたおかげで、話の始まりからするすると楽しく書くことができました。

 いつかイラストも合わせてお見せしたい……!ありがとうございました……!


 また、こちらを小さな文学賞に応募した際、下読みに付き合ってくれた友人にも感謝いたします。今回も最終選考まで残ることができました。

 その際の講評で「情景描写が弱い」との指摘を受けたので、投稿にあたり自分が思い描く景色を正確に写せるよう注意して筆を加えました。上手くできていると良いのですが……。

 もしも読んだ方の頭に、初夏の里山の風景が浮かんでくれていたら、それを気に入っていただけたらとても嬉しいです。

 そして、またご縁がありましたら、お付き合いくだされば幸いです。この度は本当にありがとうございました。 

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