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ッ!?
突然聞こえた轟音に俺はとっさに身構える。
音が聞こえる方向は、俺から見て左前の方向からのようだ。
ーーこりゃ、何かの戦闘音みたいだな?どうする、見にいくか?ーー
『黄昏』の呑気な声が伝わってくるが、とりあえず放置して考える。
行くべきか、行かないべきか…………。
あの連続した音から察するに、魔力を使っている場合、魔力弾の連射かそれに近しい何かだろう。もしくは人間や他の知的種族であれば、その国独自の武器か何かだ。
もし人間や他の知的種族であるとするなら、戦闘後に襲えば、衣類などを奪うことができるかもしれないな。
……ただ、勝てるかどうかは別だろうが。
魔物同士の争いであるならば俺が近づく利点はないと言ってもいいだろう。むしろ、無い。決着後、俺みたいなのが近くにいた場合、邪魔だと認識されれば最悪瞬殺されかねない。
どうするべきか……。
考えた結果向かうことにした。
結局、行ってみないと分からないのだ。
人間の強い奴では無く、魔術師であり、消耗しており、かつローブ着用しているのが一番良いんだが、それは望みすぎか?
いや、理想は高く持っておこう。妥協はするが。
ああ、ティティヌスよ貴方の哀れな信徒にちょーっとだけ運を向かせてくれても良いのですよ?
「atgdmwpj_jmwpm!」
ローブを着た短髪の赤髪の少女が言葉を発すると同時に、その周辺の空間が歪み、その歪みから半透明の弾が何発も連射される。
「グルゥッ!!」
対するは俺を追いかけた大魔狼と同じ個体とみられる黒く巨大な狼。狼は鬱陶しい小蝿を払うかのように、体を震わせるだけでその魔力弾と思しき攻撃を無効化し、素早い動きで少女に肉薄する。
狼の左前足が、確実な殺傷力を持ちながら少女に横薙ぎで振るわれる。
「aptamwpewtg!agmp!」
だが、そう簡単に殺られるものかとばかりに少女の体が後ろに後退する。それと同時に少女の持つ炎のように見事な赤い髪が揺れる。少女の後退する時の動きは、どこか不自然であり、恐らくは何らかの魔術を無詠唱で発動させたのだろうと容易に想像がついた。
少女は後退しながら何らかの悪態か何かを言うと同時に呪文を唱えたのか、後退した彼女がいつのまにか突き出された手から鋭い氷の刺が幾本も放たれるーーー
体格差、高さだけで少女の二倍程度。
俺を追いかけた時の、あの速さを出さない理由は不明ではあるが、このまま放置していればそう遠く無い未来に少女は狼の餌となるのは、想像に難くはないだろう。
だってあの狼、あの氷のトゲ動かないで普通に食らっても無傷だし。
…………しかし、俺は今重大なことに気がついている。
あの少女が放った魔術と思しきものの詠唱に使われた言葉が全く理解できない、という点だ。
最悪でも外国じゃ無いですかー!
言葉が通じないなんて、ホントどうしたら良いんだよ!?
でもまぁ、このままいくとあの少女は喰われるだけだから、その前に逃げようとするよな…?
それなら逃げるのを確認した後に全力で奇襲したらいける…………か?
そんな俺の作戦を聞き取ったのか、『黄昏』は、
ーーおまえ、中々アレだなぁ……何が目的かは知らないが、襲われる奴見てそれ思うのって普通は山賊か、何かの賊ぐらいだと思うぞ?ーー
と呆れた声でそう言った。
うるさいな、こっちもクソのような考えをしてることぐらい気付いてるさ。
だけど、ここまで好条件な事なんてこの先あるかどうかすら定かじゃ無い。
この機会を逃して永劫この森を彷徨うなんておまえも嫌だろう?
『黄昏』の呆れたような声にそう返して、俺は戦いを観察する。
……分かってる。アンデッドの俺が今出て行ったところで、あの少女が俺を助けだと思う道理は微塵もなく、俺が助けに行く理由もない。
ローブを着ている自分を恨めよ、名前も知らない少女……!
ーーまぁ、そりゃ確かにそうだがなー。ーー
少女は格上の相手に対して、一歩も引かずに戦っている。
逃げるべきのはずなのに、一切引かない。
しかも、どこか戦いづらそうに見えることから、火の魔術が得意分野なのか…?
だがそれすらも無視して、氷の刺が効かないと見るや、風の刃で切り裂こうとしている。
……何属性に適応してるんだよあいつ…。確実に俺より強いだろうな……。
そんな風に考えながら観戦する。
ザンッ!ザクッ!ビシッ!
刃が、木にあたり、草を刈り取り、空を切る。
その鋭さすら意に介すことなく、するりするりと、その巨躯を苦にせず回避する狼。当たれば少しは痛手を受けるのだろうか、風の刃だけは避け続けている。
「luzoipanu!」
少女は埒が開かないと見たのか、大きな風の刃でできた網を生み出し、それを広範に広げ放った。
……ん?何でそういや俺、風の刃を可視化出来るんだ…?
って危ねぇ!
僅かな疑問を考え込む暇もなく、思い切り俺はしゃがみ込む。その真上を一本の風の刃が通過して行った。
ーーひゅーっ!あの娘中々の制御力じゃぁないか!この規模をちゃんとまとめられるなんて、見た目通りの人間かつ年齢であれば大したもんだ!ーー
『黄昏』が歓声を上げているが、こっちはあたりそうでひやっとしたっての!
その網はそのまま狼を全方位から囲み、そして数瞬後に切り刻まんと、狼に迫る。
が、
「オオオオォォォォン!!」
ギラリと目が光ったように見えた。
狼は大きく吠えた。
そして脚に力がこもったと見るや否や凄まじい勢いで回転する。
ブォン!
大きな風切り音を立てながら尻尾で思い切り網を薙ぎ払う。
それと同時に網が崩れ、無力化してしまった。
一瞬で崩されたことに、僅かに少女が固まる。
それを見逃す狼ではなかった。
俺を追った速度で一瞬のうちに肉薄。
そして、
ドッ!
狼の右前脚の薙ぎ払いが、回避に失敗した少女の胴に直撃した。
小柄な体が少しの間宙を飛び、そして木にぶつかり、ずるりと地面に落ちた。
そしてそれは何の因果か、ちょうど俺と、狼のちょうど中間だった。
「bjqdgnx…………。bjqdgnx…!」
何か分からない言葉を絞り出すように、苦しそうに呻く少女。
口から僅かに血が垂れ、地面に吸い込まれて消える。
決着はついた。
体が真ん中から引き裂かれていてもおかしくは無いような一撃であったが、どうやら事前に防護か何かをしていたらしく、一撃で致命傷を負ったわけではなさそうだ。
しかし、あれは動けないだろう。痛みに悶えていないだけ大したものだ。どう見たって、防護の限界を超えた一撃を腹に喰らったのだ。普通の奴ならゴロゴロ転がって痛みを和らげるなり何なりするが、少女の目は未だに戦意に燃え、しかと自らよりも格上の相手を睨みつけている。
……冷静に分析している俺が嫌になる。
じっと、狼が少女の元へと動き出すのを見ながら考える。
あの様子じゃ、逃げられないだろう。喰われて、おしまいだ。
本当に、良いのか?
自分の声が囁く。それに言い返す。
ローブは手に入らないが、今この場で出ていくことには何の利点もない。
行く必要は無い。
思考が回り、世界が僅かに遅く感じる。
倒れ込んだ少女に悠々と歩み寄る狼。
その目は、俺と相対した時のどこか澄んだ目でなく、濁って見えた。
ぎちりと、『黄昏』の握りを思い切り握りしめる。
いや、良いんだ、こんな場所に1人で来ようとする事自体が自殺行為なんだから俺が見捨てようが何であろうが、別にどうってことはない。無いんだ!
俺が言い訳じみたことを誰に言うでもなく考えている間に、狼は少女の元にまで辿り着いていた。
…………狼はくわりとその大口を開けて獲物を喰らおうと
ブチっ
ええい、もう我慢できるか!!!!!
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!!!!』
まさに喰らおうとしたその瞬間俺は叫び声を上げながら全力で飛び出し、『黄昏』を狼の横っ腹目掛けて振り下ろした。




