リーン、死を覚悟する
私の手から幾筋も放たれた雷電が、狼に襲いかかる。
ズダダダダダダダッッ!!!
轟音が鳴り響く。
「………………ッ!」
眩しい光の向こうを目を細めて見る。
全弾直撃!
必殺じゃないけれど、少しぐらい時間を稼げると嬉しいな!
そう思った私の前に立っていたのは、
「ーーーーーーーグルルゥ」
「…はぁ、全く。頑丈すぎでしょ?」
無傷の、狼。
焼け焦げすらないのだろう。獣臭しかしない。
残存魔力残り六割ってところか。
今の魔術で三割使ったんだけど……!
その防御力には驚くしかない。
ちっ、と舌打ちしながら後退する。
一応、全力で逃げれば行けそうな距離まで後退したかな。
森の外まで追ってきたらその時点で……
…いや、考えないことにする。
と、覚悟を決めたその時。
「おい、大丈夫かよ!?」
「だ、だめだぁ…足が動かねぇよぉ!」
この声は……取り巻き共の声か!
風魔術で音を集めている私の耳に、情けない男どもの声が聞こえてくる。
それと同時に、ジェイさんやアネンさんが去ったはずの方角からバキィ、ドゴォォォォォンという重たい音が聞こえてくる。
……どっちも何やってんだ!
逃げられないな、オイ!
私は立ち止まる。
見捨てられない。
あぁ、見捨てないとも!
どちらも守る。
最低でも、ジェイさんやアネンさんだけでも!
取り巻き?あぁ、まぁ出来たらね?
と考えつつも、真っ直ぐに立ち塞がる。
狼も、こちらを見据える。
ふたたび硬直状態となる私と狼。
そして、
「行くわよ!」
私の声を狼煙として、また戦いが始まる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「魔弾よ、多きとなりて敵を撃て!」
私が呪文を発すると同時に、その周辺の空間が歪み、その歪みから半透明の弾が何発も連射される。
「グルゥッ!!」
狼は鬱陶しい小蝿を払うかのように、体を震わせるだけで、私の魔弾を無効化し、素早い動きで私に接近してくる。
狼の左前足が、薙ぎ払うようにして私に迫る。
「全くもう、キリがない!氷よ!」
だけど、そう簡単に殺られるものか。
私の体が後ろに後退する。
もう、アイスシャードを撃つのも飽きてきたんだけど!
私は後退しながら悪態をつくと、同時にすっかり慣れてしまったアイスシャードを唱える。突き出した手から鋭い氷のトゲが幾本も放たれる。
ぶつかった氷のトゲを一切気にせず受け止める狼。
…この調子である。
早く帰りたいな〜。
…後ろの奴ら、ようやく動けるようになったか。
怒りと呆れを吐息と一緒に吐き出しながら思う。
私、この戦いが終わったら熱いお湯に浸かってリフレッシュするんだ。
だから、さっさと逃して頂戴!
「風刃よ!」
風の刃をこれでもかと放つ。
それは、草を切り払い、地面を削り、狼へと迫る。
だが次の瞬間、目を疑った。
避けたのだ。
あの巨体で、風の刃をぬるりぬるりと避けこちらに近づいてくる。
…………もしかして、こっちの方が効く?
避けたのは、これだけなのだ。
…賭けるとしよう。
「風の大網よ!」
これが最後。
…実はもう、脱出できるほどの魔力を私は残していない。
…人にかまけて自分が死ぬなんてね。
…………あの高みに、手を届かせたかったな。
死にたくなんて、ない。
死なせたくも、ない。
そしてこの場では、今の私の実力では、両立しない。
完成した風の大網。
触れれば切り刻まれる、私の最後の一撃…!
一傷、あの世へ持っていかせてもらう!
その網が狼を切り裂こうとした瞬間。
狼の目がギラリと輝いたのを見た。
「オオオオォォォォン!!」
その瞬間、狼の全身に力が篭ったのをたしかに見た。
狼の体が、ものすごい勢いで一回転する。
薙ぎ払われる私の一撃。
それだけで私の魔術は崩壊した。
……結局、未熟者が調子に乗った結果って事だよね。
院長、ごめんなさい。
そして、魔力がほぼ尽き、硬直した私に狼の足が直撃した。
…木に叩きつけられた衝撃で、意識が戻る。
…まだ、生きてる。
……お守りのアミュレットが、障壁で一撃だけ耐えてくれたらしい。
苦しい。
お腹の中身が、ダメージを受けているのを感じる。
だが、生きている。
「まだ………………。まだぁ………!」
口の端から鉄の味がする血が流れる。
構うものか。
狼をじっと睨みつける。
決して、諦めない。
命がある限り。
狼がゆっくりと近づいてくる。
…私を食べる気だろうか。
……そうだと思う。
体に力を籠める。
まだ、動かない。
そして狼は私の前に立つと、その大きな口を開けーーーーーー
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!!!!』
草むらから叫びながら、鉄の棒を振りかぶったスケルトンが飛び出してくるのを見た。
それと同時に、全身から力が急激、に、き、え…………
ようやく、終わりが見えてきたぜ…