リーン、狼と戦う
そう宣言したが、私の最終目標はこの森の奥から森の外へと向かう事だ。
こんな格上と付き合ってられない。
とりあえず、頭をクールダウンしよう。
と、その時。
「……早く、逃げ……ろ」
後ろのツンツン頭がそう言ったのが聞こえた。
まだ意識があったのね。
「アンタの方こそ、起きれるなら早く逃げて頂戴。そこにいつまでもいられると私が逃げられないのよ」
その言葉に背を向けたままそう返す。
「…だ、が、シュニグルフ家の…名に…」
極大の苛立ち。
「クソみたいに家柄だ、身分だ言うんじゃねえよ馬鹿野郎!オマエはもう良くやった!ノブリスオブリージュなんかこんなところで出してんじゃねえ!生きてこそだろうがッ!」
静寂。
狼は、まだ動かない。
…待ってくれているのだろうか。
それならありがたい。
「…お前は、俺の事が嫌いなんじゃ…」
その言葉が耳に届く。
「嫌いに決まってるだろうがッ!他人いじめて、家名振りかざして偉そうに!自分の家じゃなくて、自分を誇れよッ!自分の身につけたものを誇れよッ!この大馬鹿野郎がッ!」
…言っちゃったよ。
でも後悔はしない。
するもんか。
この馬鹿の前に立って庇うのも、暴言吐き散らすことも。
絶対に、後悔するものか!
ふんすと息を吐く。
狼の待ってくれる姿勢が、私の心を鋭く硬くしていく。
「………………………」
完全に沈黙するツンツン頭。
そうやって黙ってくれると非常にありがたい。
というか常に黙ってて欲しい。
「リーンさん!……ッ!」
「リーンさん…って、うわぁ!おっきい狼だ!」
この声は…はぁ、ついてきちゃったのか。
狼から目を逸らさず、彼女達に言う。
「来ちゃったのね…。でもちょうどいいわ。そこの馬鹿一名回収して頂戴」
「リーンさん……でも、」
「お願い、アネンさん。ジェイさんも、手伝ってあげて」
アネンさんの言葉を遮り、ジェイさんにも頼む。
「…うん、わかった。アッちゃん、ノイスくんを助けてあげよう」
ジェイさんはすぐにこちらに来て、ツンツン頭…ノイスか、ソレを担ぎ上げた。
…力持ちね、ジェイさん。
体格差1.5倍ぐらいあるのに。
「ジェイちゃん、でも」
「良いから。任せて大丈夫なんだよね、リーンさん?」
振り向いたそのジェイさんの顔は、笑みを浮かべない、真面目な顔。
それに頷きで応える。
「こんな事言ってもしょうがないけど…、頑張ってリーンさん」
「リーンさん、必ず生きて帰ってくださいね!」
そう言って、ジェイさんとアネンさんは馬鹿を守るようにして去っていった。
「…グルゥ」
それを狼も見送っていた。そして、視界から消えた瞬間、こちらに視線を戻した。
その瞳は、良いのだなと言っているように感じた。
何が良いものか。こっちは今すぐ帰って熱い湯を浴びたいところだ。
そう思いながらも、私は全身に魔力を回す。
さぁ、生き残りをかけた戦いだ。気合を入れるぞッ!
初手は私。
私は風魔術で後退しながら、アイスシャードを乱発する。
火魔術が使えたら、もっと良いのがあるんだけどな!
狼は避けもせず、その攻撃を受け止める。
ドスドスドスドスッ!
連続して氷の塊が叩きつけられたにもかかわらず、痛がる様子すらない。
…ちっ、やっぱり正攻法じゃ無理ね!
お返しとばかり、接近して噛み付いてくる狼の攻撃を避ける。
風弾!
足元に風弾を叩きつけ、土や葉っぱ、草を巻き上げ視界を塞ぐ。
「グルルルルルルルルッ!」
流石に目に当たったら痛いでしょう!
それを嫌ったのか、僅かに後退する狼。
今ね、ターン!
風魔術でブーストをかけ、方向を森の出口の方面に定め、飛ぶ。
が、そう簡単に狼は狙い通りにはしてくれなかった。
「オオオオォォォォォォン!」
目を瞑ったまま、口を開き私の元に飛びかかってくる狼。
ッ!
より魔力を使う事で辛くもその攻撃を避ける。
だが、この方面は出口の方角じゃない。
さっきの攻撃は、流石に通用しないだろう。
なら…!
掌に雷を集める。
ジリジリと嫌な音を立て、圧縮されていく雷。
でもこの魔術は時間がかかる。
その隙を見逃す狼ではない。
「オオオオォォォォォォォォォォォォォォン!!」
その間に喰いちぎらんとでも言うかのように、飛びかかってくる狼。
チッ、この魔術で二重展開はやりたく無いんだけど…!
食われるわけにもいかない。
風魔術で後退しつつ、雷を溜め続ける。
頭にキンッと鋭い痛みが走るが、我慢するしか無い。
畳み掛けるように左足の薙ぎ払い、右足の叩きつけとくる狼。
それらを交わし、痛みを宥めつつ、それは準備完了した。
「我が敵全てを焼き尽くす雷よ!幾筋にもなり、空を駆けろ!《雷電大連条》!!」
私の手から光が放たれた。