リライト企画:地べたを這いつくばってでも
これは渡会宏様の『地べたを這いつくばってでも』の一話を作者が自分の味も出しながら書いてみたものでございます。
そこからは海と地平線、それに深く透き通った果てのない空が見える。切り立った崖には潮風が吹き荒び俺の髪をたなびかせるとともに緊張感が自分の体を支配する。
「何度やってもこの感覚は消えないな。」
フライトスポット
――――自分はそう呼んでいる。
きっかけは父親だった。
父親はパイロットで自分も空を追いかけ空を眺めていた。いつしか「自分も空を飛びたい」と思うようになった。それも自分自身の体で風を切り空を飛びたい――――なんてことを思ってしまった。
空を目指した人間は空を飛ぶために色々な方法を模索し奇跡の数々を発明してきた。
俺がこれから編み出すのはバンジースタイルの滑空法。もちろん命綱などはナシ。大空をはばたくように飛んでみせる。
その名も『ペンギンフライト』
ただの飛び降りだと揶揄する人間も居るがそれは間違っている。
鳥たちは自分の体で飛ぶのだ。人間も努力すれば自分の肉体だけで空を飛べるようになる。絶対に。
友人たちはことあるごとに口酸っぱくしてこう言った。
「人間が飛べるわけない。そんな危ないことはやめろ。」
そうではない。『出来ないから諦める』のではなく『諦めるから出来ない』のだ。
これまで成し遂げた人間が誰一人としていないだけ。そのために努力をして、体も作り、飛行方法を模索し、実践し続ければいつかは空も飛べる。
少なくとも自分はそう信じている。
友人たちや家族の抵抗をバネにする。いわばイメージトレーニングだ。
恐怖を振り払うためにはこうするしかない。そのかわり胃はムカムカしてしまうけれど。
あとは決め台詞だけだ。
「いざ、俺が飛べるようになったら『いずれできると信じてた、応援していた』なんて手のひら返しても許さんからな!」
気持ちが奮い立つ。
今度こそは、次こそは飛べるはずだ。
自分がこの時の為にどれだけ努力してきたと思ってる!?
筋肉を鍛え、策略を立て、どれだけの切り傷や打撲を作り、皆の意見を払いのけ、友人がイチャコラしている間も一心不乱に空を飛ぶためだけに頑張ってきたんだぞ!?
「飛べる......飛ぶ!」
深呼吸をして、そして一気に駆け出す。
崖先を足でしっかりと捉えて、フライト!
全身の筋肉のバネを使い、弾き出されるように前へ!!!
ペンギンでも空が飛べ――――
* * *
「いちち」
全身を思いっきり海面にぶつけて青あざが出来る。それを見た友人が正面の席に座る。
「もうそろそろ海とお友達になれそうか?」
「俺が友達になりたいのは空なんだが、海が俺に片思いをしているみたいなんだ。おかげで俺は空に一向に近づけないんだよ。」
「売れない少女漫画みたいだな。」
友人はそう茶化すように言った。俺はムスッとした顔をしたままだった。
友人の顔が真剣な表情になる。
「俺はお前が飛び降り自殺した、なんて聞いても隣で泣いてやることしかできないんだからな。」
黙り込む。
死んだら取り返しがつかない。そんなことは分かっている。
それでも諦めたら出来るものも出来なくなってしまう。
友人はそれだけ言うと自席に戻っていった。
俺はバッグの中からフライト日誌を取り出した。
そこには過去の失敗の原因がずらりと書かれてある。ここに上手くいった要因が書けるようになるのはいつの日か。
「今日の敗因は......空を仰ぐタイミングのズレ......だな。」
今日は調子が良く、蹴りだしたときにいつもよりも高く飛び出してしまっていた。
それに舞い上がってしまって腕を前後させるタイミングが遅れてしまったのだ。
「大丈夫。次こそは。」
そう言いながらノートを閉じる。
途中で注意をしてくれた友人の顔が脳裏をよぎった。
「こんなことはやめてしまえ」という友人の気持ちが俺の心を小さくて鋭い針で突き刺す。
「ダメだ。」
空を目指すのは俺のためだけじゃない。
諦める訳にはいかないんだよ。
ノートを丁寧にカバンに仕舞って手早く授業の準備をした。
* * *
学校も終わり、急いでバッグの中にモノを詰め込んだ。
俺にはペンギンフライトを成功させるという使命があるのだ。
だがクラスのドアを開けた瞬間に3人の男女が俺の行く手を阻んだ。
「お願い!見学だけで良いから!!」
「大会で優勝するためにはどうしても君の力が必要なんだ、頼む!!」
「絶対人気者になれるよ、キミ!間違いなくこの学校、いや県の中でもトップクラスになれるよ!全国大会も夢じゃない!!」
......まただ。
「何度も断っただろ?俺にはフライトがあるんだ。」
「そんなこと......なぁ、お前。青春を無駄にしてると思わないのか?」
俺は......自分で言うのもなんだが、鍛えてきた筋肉のおかげで運動はかなりできる方である。
おかげで体育系の部活からは引っ張りだこである。
だが、今は運動部などに興味はない。
彼らを適当にあしらって先を急ぐ。
彼らも自分を邪魔しようと思って誘っているわけではない。
むしろ俺にもっと学校生活を楽しんでほしいと思っているのかもしれない。
また今度な、なんて言葉であしらったのは自分に対する少しの甘えもあったのかもしれない。
* * *
「ただいま」
誰も居ない空間に一人自分の声だけが木霊する。
家政婦さんは......いないみたいだ。
父が帰ってくるのは数日に一度であり、ひどい時には数週間帰ってこないこともある。
「ただいま、母さん。」
そう言いながら仏壇においてある写真立てに話しかける。
慣れた動作で線香に火を灯す。
目をつむると今でも母さんの姿が頭に浮かぶ。
『大丈夫。お母さんは星になって、ソラをいつまでも見守っているから』
* * *
制服を急いで着替えて早めの夕食を終えると飛び出すように家を出た。もしも家政婦さんが来た時の為に書置きも残してある。
「夜の海は荒れるからな。早く行かないと。」
今日は予定より遅い時刻だった。
夜の海は荒れる。今までも何度かおぼれかけたことがあるから分かる。それに海にたたきつけられた時の衝撃がいつもより強い。
――――何を言っているんだ俺は。
最初から弱気になっているなんて......失敗した時のことを考えながら飛ぼうと思うだなんて、俺は馬鹿じゃないのか?
諦めたら出来るものも出来ない。
そう言ったのは俺じゃないか。
* * *
たどり着いてみると夜のとばりが完全に降りていた。しまった――――少し来るのが遅かったみたいだ。
でも飛んでしまえばそんなこと関係ない。
自分はちっぽけだな。
この海と空に囲まれれば誰しもがそんな風に思うだろう。
助走をつけ始める。
最初の理由は憧れだった。
あの空を自由に飛べればこれほどまでに楽しくて嬉しいことは無いと思った。
崖先を勢いよく駆け抜ける。
夜風が自分の頬を優しく撫でてくれる。
そしてそれは届くべき目標となった。
『大丈夫。お母さんは星になって、ソラをいつまでも見守っているから』
自分が飛べるようになれば死んでしまった母さんに少しは近づけるかもしれないと思った。
――――フライト!!
力強く蹴り出して、一心不乱に両腕を広げる。
そして、一際大きな星が自分の目に移りこむ。
母さんが。
母さんが微笑んでいる気がした。
「届け」
自分の喉から発されたとは思えないほどか細い声が漏れる。
俺は無意識に右手を大きく伸ばしていた。
あの星がそうだったなら。
「届けッ!」
しかし、星は大きくなることは無くただ自分を見つめ返しているだけだった。
「届......」
俺の体が少しずつ落ちているのが分かる。
星が段々と小さくなる。
自分の体が前方に傾いてそのまま腕は空を切り、真っ逆さまに落ちていく。
自分を見つめ返したのは夜の海。自分を飲み込もうとする真っ黒な闇だった。
心のどこかでは分かっていた。
人間は飛べないし、母さんは本当に星になったわけではない。
それでも諦めきれなかった。
信じ続ける事しか俺にはできなかった。
闇がグングンと近づいてくる。
恐怖感、言い表せない焦燥感、そして訪れる絶望感。
「会いたいよ、母さん。」
母との思い出がまるで走馬灯のように思い浮かぶ。
料理があまり上手ではなかった母。パイから飛び出た魚の頭にじっと睨みつけられた時には子供ながらに度肝を抜かれたモノだった。
いつもニコニコしていた母。母は寂しがり屋で俺が親離れしかけた時にはいっつもそばに引っ付いてきた。俺はそれがちょっぴり嬉しかった。
肝が据わっている母。叱るときにはちゃんと叱ってくれてその後にはちゃんと慰めてくれた。いざと言うときにはとても落ち着いていて無表情な父よりしっかり者だったかもしれない。
俺の肝が据わっているのも母譲りなのかもしれないな、なんて涙を流しながら苦笑いした。
どんな時間よりも長い7秒間の間に浮かんだのは冷たくなった母の感触だった。
視界に移ったのは荒れた海から覗く黒い黒い岩礁。
「あ......」
鈍い、鈍い音と衝撃が脳内を占めていった。
遅れましたが完結おめでとうございます!
僭越ながら一話を書かせていただきました。
書いてみてやはりこだわりのある一話だなと感じました。
本編を読んでいない方でこれを読んでいる方はぜひぜひ本編に飛んでいただいて読み進めていただければと思います。
https://ncode.syosetu.com/n0721fl/
URLを貼らせていただきます。
これからも活動頑張ってください!