第一話 疑惑
村が燃えていた。怒号と悲鳴がその場を支配していた。抵抗する者もしない者も、捕えられた大人は須らく殺され、子供は攫われていった。
「盗賊」、独自のルールをもち王や皇帝、領主の力が及ばない地域の支配者。旅人は勿論、領主などからの庇護を十分に受けられない村は常にその恐怖に怯えていた。
そしてその日、王国領土図に記されていたかも定かではない小さな村がその機能すら失った。
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「おいそこの馬車!止まれぇ!!」
正に「賊」といった風体をした二人の男が道を塞ぐように立ち、馬車を止める。
「ここは俺たちのナワバリだ。どうしても通りたいってんなら通行税、置いて行ってもらおうか」
おそらく商人であろう馬車に乗る壮年の男は怖気付くこともなく懐から袋をだし、道端に投げる。
「よし!通っていいぞ」
落ちた袋の中を確認した一人がもう一人に道を空けるように促す。
「なぁ親方、今回も襲わないのか?」
その様子を丘の上から眺めていた集団の中にいた一人の少年が一際身体の大きい男へ話しかけた。
「ああ、俺たちのルールを守る奴らには手をださねぇ。いつもも言ってんだろ?」
「ふーん…でもあいつの馬車の中、奴隷?っぽい人が何人か乗ってるよ。あ、足枷見えた」
少年は馬車を指差しながら呟く。
「ほう…そりゃちょっと見過ごせねぇな」
「相変わらず坊主は目がいいな」
親方、と呼ばれた男の側に立っていた筋肉質な肉体をこれでもかと見せつけている男が少年の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。
「バカそれやめろって…」
少年はその手を振りほどきながら親方の方に向き直る。
「人攫い、刺客、通行税のちょろまかしは?」
「アウトだ。行くぞ!野郎ども!!」
その言葉と同時に男たちは丘を駆け下りていく。
「よっしゃ、久々の盗賊稼業だぜ」
少年もそれに続いて駆けていき、あっという間に先頭に躍り出る。
そして今にも通り過ぎようとしている馬車の御者を腰から抜いた小刀で斬りつけた。
「ひぃ!?なんで!?」
「俺たちを騙そうとしたあんたのご主人様を恨むんだな!」
御者が手綱を離したのを確認した少年は飛びのいて馬車から距離を取る。
「チッ…おい、出番だぞ」
商人がそう言うと馬車の中から三人の鎧を着た男たちが出てくる。
「へっ、こっちは十人でそっちは三人?無駄な抵抗はやめて大人しく身ぐるみ剥がれな」
「それはどうかな?こいつらは勇者紋持ちだ。有象無象の集まりの盗賊どもに遅れを取るわけがない」
商人は得意げに言い放ち、後は任せると男たちに言うと馬車の中に入っていった。
「勇者紋持ちが三人か…こりゃ久々に腕がなるってもんだ」
追いついてきた親方たちも各々の武器を抜き、臨戦態勢をとる。
「親方!何だよ勇者紋持ちって。たかが三人だぜ?」
「あーそうか、坊主は勇者紋見たことねぇんだっけな」
「ああ?ねぇよそんなもん。ゴウサはあるっていうのk…ってだから頭触んのやめろ!」
「勇者紋ってのはな、簡単に言うと強くなれる素質がある奴に現れるんだよ。だいたい勇者紋持ちってのは何かが秀でている。勿論有るだけじゃ強くなれるわけじゃねぇし無いからっていって強くなれるわけじゃねぇ。まぁ一種の目安だな」
「ふーん…ゴウサって筋肉だけじゃなかったんだな」
「んだとクソ坊主」
そんなふうに二人が戯れあっていると親方と呼ばれた男はおもむろに背負っていた両刃の斧を下ろし、目の前にいる男たちをもて獰猛に笑う。
ぬんっ!!!
一息で男たちの目の前に飛び出し、無造作に斧を振る。
自信ありげに先頭に立っていた男は、胴を横薙ぎに両断されて声も無く事切れた。
「なっ!?」
突然味方の一人を失った勇者紋持ちの男二人は流石といっていいのだろうか、すぐさまその場を跳びのき剣を構え直す。
「まぁこういう事だ。後は“クラス”だな。あの護衛のクラスは“戦士”クラスの中盤ってとこだろうな。んでうちらの親方は元戦士クラスってわけだ。相手にならねぇよ」
「元?どういうことだよ」
「あぁ坊主はずっと俺らと一緒にいるもんな、知らないのも当然か。そうだな…クラスってのは誰でもどんなものにもなれるわけじゃねぇ。坊主はクラス持ってじゃねぇだろ?戦士なら筋力、体力の素質が一定以上あればなれる。あークラスは多少でかい街に行けば授けてくれるところがある。んで、クラスも持つとそれに合わせた素質が伸び易くなる訳だ。だから基本的にクラス持ちは強え。但し伝説級のクラス以外には成長限界ってのがある。それに達するとクラスは消えちまうんだよ。クラスってのは加護みたいなもんで職業じゃねぇからな」
護衛二人の表情は既に恐怖の色がありありと見て取れた。
それを横目に二人は会話を続ける。
「つまり親方は戦士をカンストしたってことか?」
「そういうことだ。まぁここで勇者紋持ちかそうじゃねぇかで別れるんだが…基本的に戦士みたいな下級クラスをカンストしたところで中級クラス、戦士なら騎士とか?そんな感じにクラスアップはまずできねぇ。騎士になるための素質とステータスが足りないねぇことが多いわけだ」
「なるほどな…それにしてもやけに喋るじゃん今日のゴウサ」
「あ?…まぁな。俺もクラスアップ出来なかった元武闘家だからな。力量を弁えねぇ勇者紋持ちのヒヨっ子を見て思うところがあったってわけだ。坊主は…っていねぇ!?」
「へへっ、馬車の中身は俺が頂くぜ」
「あ、こら抜け駆けすんな!」
少年の後を追って筋肉、もといゴウサは馬車の方へ歩いて行く。
盗賊たちにとっては親方が斧を振った以上、この戦闘は既に終わったようなものだった。
「さてとっと」
少年は御者が逃げ出した馬車の中に飛び乗る。
そこには両手両足に枷が掛けられた人々が疲れ切った顔をしていた。
少年の到来にその内の一人が顔を上げ、そしてその表情は驚愕のそれへと変わっていく。
「そんな…こんな事が…」
「な、何だよ急に。わっ、近づくな!俺は盗賊だぞ!」
少年は目の前に迫ってくる男に小刀を突きつける。
「あぁ、やっぱり…この小刀、君のかい?」
「そ、そうだ。そんな事はどうでもいいんだよ!他に積荷h」
「あぁ!生きていたんだな!よかった…本当によかった…あいつが生きていればどれ程喜んだか…」
「な、何のことだよいきなり…」
少年は目の前の男の熱気にたじたじであった。
「その小刀はね。私が打ったものなんだよ。親友の出産祝いでね。あぁあの盗賊たちに村を焼かれ、親友を殺され、他の村を転々としてついに奴隷商に捕まって散々だったが…良かった…この十数年の不幸なんて比べようがない。まさか拐った子供を売らず、殺さなかったなんて何故かは分からないが本当によかった」
「な、何をいってるんだよ…」
「さっき君は盗賊といったね?いいかい、君は赤ん坊の時、その盗賊たちに親を殺され、故郷を焼かれて拐われたんだよ!」
男は少年の肩を掴み、捲し立てる。
「何言ってんだおっさん!親方はそんなことはしねぇ!」
「ならその親方に聞いてみなさい。そうすればわかることだよ。今君が何と呼ばれているかは知らないが君の両親が君に付けた名前は」
「こら坊主!抜け駆けすんなっていっ…何やってんだ!」
遅れて荷台に乗ってきたゴウサが少年の肩を掴んでいた男を蹴り飛ばす。
「ぐっ!…小刀の…銘が君の…」
男はそのまま気絶した。
「大丈夫か?坊主…おい、何呆けてんだ」
少年の耳にゴウサの言葉は入っていなかった。
少年には行き場を失った小刀がただただ重く感じられた。
初投稿です。まだ名前すら分かっていない主人公ですがどうぞよろしくお願いします。