ヒロインだから大丈夫
ゲームのシナリオ修正力が働くのはいつまででしょう?
「マグノリア…貴女、このまま過ごせるとでもお思いなの?!」
「ええ、私はヒロインだから大丈夫に決まってるわ。これまでを見てごらんなさい悪役令嬢のアリア様は私の心配ではなく、残り少ない余生の楽しみ方に頭を悩ませてみたりしてはいかが?」
幾人もの人を魅了してきた花の顔が私にほころぶ。
その唇に嘲笑と憐憫を乗せながらも彼女は相変わらず美しい。
ああ、憎い。
この金細工のように完璧に美しい女が殺したいほど憎い。
「絶対貴女を許さない」
「許される罪もありませんわ、私はストーリーに沿ってるだけ。バグの貴女こそ許されないわ、エンディングまで生かしてあげるのもストーリーに沿ってるからこそなのよ?感謝してよね」
この女にはたしかにヒロイン補正がある、
ストーリーに沿う彼女は神に愛されている。
私がいくら勉強しても 採点ミスされ彼女が単独主席で入学してきたし、彼女の答案を見たこともあるけれど一度名前を書いただけで満点だった時には乾いた笑いが浮かんだ。
婚約者の皇太子殿下が怪我をした時には駆け付けようとしたのに橋が落ちて立ち往生、3日後にようやく着いた時には彼女は慈悲深く私は薄情な婚約者だと罵られた。
不条理が積もり積もって本気で殺してやりたくて3階からレンガを落としたこともあったけど 壁に当たって割れたレンガは彼女を避けるように地面を抉った。
彼女が憎い、私の努力の成果の上澄みを掻っ攫うような奴が憎い。
でも 彼女は殺せない。
悪役令嬢はヒロインを傷付けられない。
なら、どうする?
ただ黙って死んでやるの?
それは 嫌よ。絶対に 嫌。
「最後になにか言いたいことはあるか?」
絞首台の樽の上。
やはり私は死ぬらしい。
2人の転生者はそれぞれ知識を駆使して争ったけど 結局悪役令嬢は幸せになれないみたいだ。
「マグノリアに一言いいかしら、歴史は繰り返す 次のヒロインは誰かしら」
でも最後は気丈に 前世を知り来世があると知ってる私だからこそ気高く。
怯えるな 死は一時の通過点だ、死を前にあんな女に舐められるような 怯えなど見せてたまるものですか。
悪役令嬢に勝ったからってヒロインだから幸せになれるのもおかしいわよね?
たとえ私の死体が垂れ流される体液や投げつけられる石に穢れようとも、私の努力…誇りを穢した貴女のほうが許せないの。
だからごめんね?ヒロイン様。
わたしが死んでから苦しめてあげる。
「でも そうね、ヒロインならば大丈夫かしら?」
にっこりと優しく微笑むと彼女の扇がかすかに揺れたのが見える。
さて、最後を見れないのは残念だけど種は撒けた 後は爛熟するまで待つしかない。
そして、樽は蹴られて私の意識はここで途切れた。
あるところに1人の侍女がいました。
王妃候補の侯爵家のお嬢様に拾われた孤児で歳の近い話し相手としてかわいがられてきたのでお嬢様に恩義を感じる優しく平凡で驕ることもない侍女、そんな彼女にお嬢様はある時言いました。
貴女に教えてあげる 幸せになれる魔法の呪文よ。
「ヒロインだから大丈夫」
もし、私が死んでもこれをつぶやき幸せになってね。
まるで死期を悟ったように言うお嬢様に侍女は泣いてすがりました。
なぜアリア様が死ななければならないのですか と。
お嬢様は言いました。
私はヒロインじゃないから駄目なのね。
深い色の瞳を悲しみに沈め自嘲気味に呟かれました。
意味は理解できない言葉でしたが普段あまりわがままを言わないお嬢様の言葉です。
侍女は毎日囁くようにおまじないを唱えました。
「ヒロインだから大丈夫」
同僚は不思議に思い訪ねました。
ヒロインってなんなの?
侍女はわからないと言いました。
お嬢様に教えてもらった幸せになれるおまじないだと。
お嬢様に後々聞くとヒロインとは幸せな乙女だと嗤いながら教えてくれました。
そしてお嬢様はその年の暮れに亡くなりました。
「ヒロインならば大丈夫」と言いながら。
その言葉を聞いたみんなは思いました。
あの場で もしそうならと言えるヒロインとはなにか?なにかすごいものなのか?
誰もヒロインの意味を知りません。
そんな時召使いの間で流行っているおまじないが話題になりました。
「ヒロインだから大丈夫」それさえ言えば幸せになれる。
出どころもなにもわからないおまじない、
しかし話題のヒロインと言う言葉混じりなせいで城下町で密やかに しかし急速に流行りました。
ヒロインだから大丈夫。
あの令嬢はヒロインでなかったから幸せになれなかったのだと。
ヒロインだから大丈夫。
ヒロインだから大丈夫。
路地裏でそんな声が聞こえました。
ヒロインだから大丈夫。
ヒロインだから大丈夫。
厨房の隅で 屋根裏の寝台で少女たちは囁きました。
ヒロインだから大丈夫。
ヒロインだから大丈夫。
仕える令嬢に紅茶をかけられた侍女は唇だけで紡ぎます。
ヒロインだから大丈夫。
ヒロインだから大丈夫。
ヒロインとは幸せな乙女という意味らしい、
そんな言葉を信じ呟きます。
「「「「「ヒロインだから大丈夫」」」」」
何人もの少女たちがいつか幸せな乙女になることを夢見て囁きました__
「マグノリア、寒くはないか?」
「ええ、殿下が暖めてくださるので」
馬車の中で寄り添いながら睦言をささやき合う。
外を見ると雪が降っているもうそろそろで新年を迎えようとする街は彩りと活気に溢れて アリアが死んでから1年ほどになるかしらとふと気が付いた。
私は今 アリアのように皇太子妃としていろいろ勉強させられている。
だってルイ殿下のルートが一番素敵だったんだもの 綺麗な顔も、側室子の優秀な兄のハルクリア殿下と比べられて卑屈なのに虚勢を張ってる様も可愛らしくて大好き 。
でもこんなに面倒なら側室とかにしてくれればよかったのに。
そんなことも思うけどおくびにも出さず儚く可愛らしい笑みでその腕に擦り寄るとルイ殿下は頬を緩め抱きしめてくれる。
「兄上が公爵となり妻を迎えれば皇位継承権はだいぶ落とされる、そうなれば私も貴女も争いの煩わしさから逃れられる…貴女と歩む為にもこの日をどれだけ待ち望んだことか」
「…殿下がどれ程努力してきたのか私だけはわかっております」
ルイ殿下は比べないで貴方を見てると囁き続けると簡単にクリアできる難易度的には低いルートだったからエンド後の会話も比較的楽で選んでよかったかもと思い直す。
「そういえばハルクリア殿下の婚約者は市井の出なんですって?」
これから婚約を祝う宴に向かうから特に興味もないのに振った話。
「ああ、なんでも公爵の私生児らしいが数年前まで知らずに育ってきたけれど 兄上と恋に落ちて身辺調査されて発覚したらしい。数奇な運命の人だな」
「ええ、そうね」
あまりにもベタな出生に驚きそうとしか返せなかった。
そんな人…そうそういるのかしら。
もしかして…
いえ そんなはずないわ、ないわよね?
無口になった私を心配してルイさまが覗き込んでくるけどそれどころじゃない。
確かめなくちゃ。
会場で出会ったハルクリア殿下の婚約者はとても愛らしい人だった。
「ルイ殿下に祝っていただけるなど望外の喜びです」
「兄上 を祝うなど当たり前ではないですか、こちらのご令嬢が兄上の心を射止められた幸運な方ですか」
「マリーベルごあいさつして」
「初めましてマリーベル・アーグと申します」
「マリーベル嬢気楽にしてくれて構わない マグノリアと歳も近いし仲良くしてやってくれ」
「はい、マグノリア様 よろしくお願いいたします」
「ええ よろしく」
「ふふふ義理の妹になる方には私の秘密を教えてあげますわ」
「だって私はヒロインですもの」
なんで、
だってヒロインは私でしょ?
なんで?
私のお話が終わったから新しいヒロインが出てきたの?
まさか続編、
私の知らない続編が出てた?
知らない…
知らない。
こわい
私以外のヒロインがこわい。
そうよ、
私がヒロインなんだから他のヒロインなんて要らないわよね?
そうよ私がヒロイン。
何があってもヒロインだから大丈夫…きっとなんとかなるわ。
だってこれまでそうだったでしょ?
一人の女性が侯爵家の墓の前に花を供えました。
ハルクリア陛下が即位されてから一年あまり、その治世は安定し 女性一人での外出も恐れることはありません。
今日はお嬢様の命日、瞳と同じ色の竜胆を見つめながらお嬢様に話しかけます。
「アリア様 アリア様おまじないってすごいですね」
「アリア様を殺した人達が全部いなくなりましたよ」
「ヒロイン…幸せな乙女って言いましたけど 本当はどんな意味だったんでしょうね、アリア様が話してくださるまで待ちたかった」
「アリア様、アリア様の分まで幸せになってみせますから」
「ヒロインだから大丈夫…ですよね?」
竜胆の花言葉
「勝利」「正義感」「貴方の悲しみによりそう」