突入
あぜ道の入り口に3台の黒い車が停車した。
あぜ道はヨナミネの敷地に通じていた。
敷地にはヨナミネ夫妻が住む母屋と木口が妻と暮らす離れの建物があった。
エンジン音で木口を起こさないために、あえて遠くに停車し、ここからは徒歩で入っていく段取りとなっていた。
車のドアが次々と開き、屈強な男たちが降りてきた。
総勢8名。
敷島と彼の部下4名、沖縄県警から4名。
彼らは一様に無言だった。
敷島を先頭にあぜ道を縦列で進んで行った。
息を殺し、足音はできる限り忍ばせた。
敷島は腕時計にちらりと目をやった。
時刻は朝の6時20分。
突入決行まで後10分。
時計を見るのがクセになっていた。
さっき見たときは6時18分だった。その前は6時15分。
どんな事件であれ現場への突入は緊張を強いられる。
しかし、今日の敷島が感じている緊張は尋常ではなかった。
らしくないと思いつつ、どうすることもできなかった。
敷島は新米だった頃を思い出していた。
毎日が緊張の連続で、吐き気が止まらなかった。
最後のヤマで、新米の頃と変わらぬ精神状態とは…
結局のところ、自分はロクに成長しなかったんじゃないか、そう思って心の中で苦笑し、緊張がほんの少しだけ緩んだ。
空は晴れていた。
こんな日に似つかわしくない青空だった。
今の敷島には空の青さが悲しかった。
空が澄み渡り、太陽が輝くほど、悲しみが増すような気がした。
門の前にヨナミネが立っていた。
無言のままお互い合図のように軽く会釈をした。
ヨナミネは昨夜眠れなかったのか目が充血していた。
門を入ると右手にヨナミネ夫婦が住む母屋があった。
左手に木口が住む2階建ての宿泊所が向かい合っていた。
二つの建物の奥には倉庫があり、トラクターやコンバイン、道具が収納されていた。
警官たちは足音を忍ばせて宿泊所に近づき、それぞれの配置についた。
一階和室、浴室の窓の外に各2名、二階和室の窓下に2名。
正面玄関から入るのは敷島と広道。
建物の内部ついては家主のヨナミネから昨日共有されていた。
一階の玄関を入ると10畳ほどの和室、右手に台所、右手奥が浴室。和室左手に階段。
二階は和室の広間で住み込みのアルバイトが10名は雑魚寝できる広さ。
木口は一階か二階の和室どちらかにいるだろう。
敷島は玄関の引き戸に耳をあてた。
物音は聞こえない。
木口がまだ寝ているのだとしたらありがたい。
彼に声をかけ、目覚めたとき、敷島と広道が見下ろしている。
そうなれば争わずに逮捕できる。
二人で取り押さえてパトカーに連行する。
たやすいことだ。
そうあってほしい。
木口を傷つけたくないし、逃すわけにもいかない。
穏便に確実に逮捕しなければならない。
若者一人に警官8名。
逃げ道は全て塞いだ。
準備は万端だ。
にもかかわらず敷島の胸はざわついた。
物事は必ずしも思い通りに行くとは限らない。
いや、思い通りに行くことなどほとんどない。
そのことを敷島はよく知っている。
シャツが背中に張りつく。
汗が全身の毛穴から吹き出していた。
暑さのせいだけではなかった。
敷島は隣にいる広道を見た。
集中していた。
昨夜、飲んでいたときとは別人の表情だった。
どのような逮捕劇を思い描いているのかはわからない。
しかし、様々な事態をシミュレーションし、不測の事態にも対応できるように全神経を研ぎ澄ませていた。
敷島は腕時計を見た。
6:30
時間だ。
敷島と広道は互いに顔を見合わせ、同時に頷いた。
敷島は後ろに立っていたヨナミネを振り返り鍵を開けるよう頷いた。
ヨナミネはマスターキーを取り出した。
彼の手は震えていた。
鍵の先端を鍵穴に差し込もうとするが震えが大きく定まらなかった。
広道がヨナミネの手をつかみ震えを抑えた。
そして、自分の手のひらを上に向けて差し出した。
鍵を渡すようにとのしぐさだった。
ヨナミネは広道の手のひらに鍵を置いた。
広道はなるべく音を立てないように鍵穴にゆっくりと差し込み解錠した。
ドアをそっと開けていく。
突入だ。
(つづく)




