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絵ハガキ

作者: 小宮鉄分

 今年も猛暑です。

 今日の最高気温は三十七度で、雨が降る様子もまったくありません。

 絵の具のセルリアンブルーを塗りたくったような空に、ギラギラと南国みたいな太陽だけが勝ち誇ったように僕らを照りつけています。

 僕らはまるで、ローストチキンのようです。

 君の住む町はもっと都会ですから、ここよりも暑いのでしょうね。

 夏バテなど、していませんか?



 僕は絵ハガキを机の引出しにそっとしまいこんだ。

 彼女に向けて書いたハガキは、今年で三通目。今までの分を合わせると、おそらく五十通に届くだろう。

 どれも、ポストに投函できないでいる。

 彼女が僕の同級生だったのは、もう十年も前になる。僕らが小学五年生の頃だ。

 彼女は美人で、性格の明るい人気者。クラスの男子は、みんな彼女に夢中だった。

 対して、僕は、虚弱体質のいじめられっこで、彼女と口をきく勇気すらなかった。

 だから、彼女が六年生に上がる前に転校して行ったときも、僕は何も言えなかった。

 いや、言いたいことなんて、ほとんど何もなかったんだけれど。

 好きだとか、愛してるとか、そこまで言いきるほどの思いはなかったし、ただ、憧れていることを伝えたって、どうしようもない。

 十一歳やそこらじゃ、恋人になれたって、何をするわけでもない。

 ましてや、遠距離恋愛なんて、想像もつかない。

 それでも、子供だった僕の小さな胸で膨らんだ憧れは、吐きだす場所を探していた。

 彼女が転校して行った四ヶ月後、夏休みに入る直前に、僕は初めてハガキを書いた。



 お久しぶりです。

 夏休みは、どこかにいきますか。僕は、熊本のおじいちゃんの家に行きます。

 体に気をつけてください。



 たったそれだけの暑中見舞。

 文房具屋で買った、かき氷の絵が入った絵ハガキだった。

 それは当時の僕の目から見ても、稚拙で、彼女に送るのはためらわれた。それに、そんなものを送ったことが誰かに知られたら、きっとすごくからかわれる。

 僕は、その絵ハガキをそのまま机の上から二番目の引出しにしまいこんだ。返却されてきたテストや、友達と交換していたカードなんかが、ごちゃごちゃと入っている引出しだ。

 要は、大事じゃないけど、捨てられないものが入っている引出し。

 そのまま、そのハガキの存在も、忘れてしまえばよかったんだけど、出せなかったハガキは、僕の心にずっと引っかかっていて。

 数ヶ月後、再チャレンジと、僕は今度は年賀状を書いた。

 へたくそな牛の絵と、あけましておめでとう、それだけ書いて。

 もちろん、それも出せなかった。

 その繰り返し。僕はそうやって、何年間も彼女にハガキを書いてきた。

 書中見舞に年賀状、彼女の誕生日やクリスマス、進級進学。何かの折には、必ずペンを取った。

 時とともに、彼女への憧れも薄らいで、彼女の面影すら浮ばなくなっても、僕はハガキを書いていた。投函する気なんて、すっかりなくなっていた。

 それでも、僕はハガキを書き続けた。



 そして、現在僕は大学生になっていた。

 ひ弱で、全然もてなかった僕も、高校に上がる頃には色気づいて、それなりに見られるような外見にはなっていた。

 長続きしたためしはないけれど、今まで恋人も何人かいた。

 憧れの女の子に気持ちを打ち明けられない、あの頃の僕とは違う。ハガキの文章にも、そんな余裕が見えてきた。

 



 そんなある日のこと。駅前で、竹田に会った。

 竹田は、小学校と中学校の同級生。ずっとサッカーをやっていたこともあって、女子には人気があった。僕とは、正反対の人間だったのだ。今でも、大学で体育会系のサークルに入っているらしく、いつ見ても真っ黒に日焼けしている。

 しばらく大学のことや、昔の友人のことなど話したあと、唐突に思い出したかのように竹田は言った。


「そういえば、加藤っておぼえてる? 小五まで、ウチの学校にいた」


 加藤というのは、彼女の名字だ。僕は、少しどぎまぎしながら頷いた。


「この間、上田に会ったときに聞いたんだけどさ、あいつ、去年死んだんだって」


 竹田が、一瞬何を言っているのかわからなかった。僕は、竹田の顔を見つめた。肌が黒いので、白い歯がやたらと目立つ。


「なんか、一昨年の暮れかなあ、肺炎で死んだって。上田って、加藤と仲良かったからさあ、葬式行ったみたいだけど。新幹線乗って。かわいそうになあ。まだ、十九だったのに」


 彼女が、死んでいた。

 一昨年の暮れ、ということは、僕が十一通分のハガキを書いたとき、彼女はこの世にはいなかったのだ。届けるつもりのないハガキ。けっして、届かないハガキ。


「おい、聞いてるか? ショックだったよな、俺、加藤のことちょっと好きだったから」


 竹田が、しんみりとした顔でつぶやく。そう、彼女は皆に好かれていた。


「うん。ショックだよ」


 僕は、言った。


「本当に、ショックだ」




 家に帰ると、僕はハガキを書き始めた。

 今までとは違う。今度書くハガキは、彼女に読んでもらうつもりで。



 こんにちは。

 君がこの世を去ったこと、今日初めて知りました。

 君には内緒にしていたけれど、僕は君にたくさん手紙を書いたんだ。

 でも、本当に言いたいことは、何一つ書かなかった。最初から、本当の気持ちを書いていれば良かったのかもしれない。そしたら、君にこんなにも、手紙を書かなくてすんだのかもしれない。君のもとに、ハガキを届けることもできたかもしれない。

 でも、これで最後にするよ。本当に、伝えたいことを伝えてから。

 僕は、君に憧れていた。

 君は皆の人気者で、僕は話しかけたりできなかったけど、大好きでした。

 君に近づきたくて、何通もハガキをしたためた。でも、それは、僕の自己満足だったんだ。

 僕は君が生きていると思って、手紙を書いていた。君の健康を気遣ったり、君が年を重ねるのを祝ったりした。

 でも、それはすべて僕のためにしたこと。途中から、君のことを考えたりしなくなっていた。僕は僕のためだけに、ハガキを書いていた。

 今日、君が死んだことを知って、それで初めてわかったよ。僕が、いかに君を見ていないかって。

 そっちからは、よく見えるのかい? 僕らの様子が。

 それなら、さぞかし、おかしかったろう。死んだ自分に向けて、暑中見舞を書く男なんて。いや、というよりも、気味悪かったかな?

 でも、少年だった僕は、確かに君に憧れていた。それは嘘じゃないって、信じて欲しい。

 長い告白になってしまった。

 自己満足かもしれないけれど、僕は、今でも君の幸せを祈ってる。



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