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埼京線頭身・メジェド様との生活


 メジェド。


 この名をご存知の方は多いだろうか?

 近年、何かと話題になっているソーシャルゲームでもよく目にするようになったエジプト神話の神々。

 その中でも、特に異彩を放っていることで有名である神だ。


 一体どういう神なのかと言えば、一言で言えば、シーツを被った人である。


 より具体的に言えば、両目を描いたシーツを被った人である。


 必殺技は、目からビーム。


 何だかもう、色々とてんこ盛り過ぎて何処をどう言って、何をどう言えばいいのかさえも分からない。


 さて、そんな古代エジプト神様の事を今更になってオレがここにつらつらと書き連ねているのは理由がある。


 そのメジェド様が、今、俺の目の前にいるからだ。


 つーか、一緒に暮らしているからだ。


 てか、今いっしょに卓袱台を囲んで朝飯を食っている。


 わざわざ念力を使ってお茶碗とお箸を浮かせて、シーツの上から謎のイリュージョンを行使して器用に飯を食っている。何だか船橋市の非公認ゆるキャラみたいだ。いやあれよりすごいか。こっちはシーツの上からだもんな。目の前で謎の瞬間移動を繰り広げているもんな。

 てか、念力使えるんだったら、わざわざお箸使う必要なくね?


「どうした高倉?いきなり変な顔をして。何だかゴリラがガラスの前のバナナを見つけて突っ込もうとしているような顔をしているぞ?熱でもあるのかい?」


 思わずぼんやりと目の前の何者なのだかよくわからない神様を眺めていると、俺の調子に思わず心配してくれたが、何気に酷いことを言っている。

 思考の内容がどうでもいいという事以外、オレは今結構真面目な顔をしている筈なのだが、それを目の前で見ていながらにして、変な顔とは。何気にショックな科白である。


「いやいや、メジェド様。それって、言っている内容、それただのバカみたいな顔じゃないっすか。オレは確かにイケメンじゃないっすけれど、流石にそこまで変な顔はしてないでしょうよ?」


「うん?そうかな?でも、いつもはもっとひどい顔をしているよ?なんていうかな?本人が目の前にいるのに、わざわざ罠を掛けて得意になっているヒヒみたいな顔をしているよ?」


 いや、いつもの顔の方がひどいんかい‼

 まあ、科白の内容はともかく、オレを心配してかけて来る声は、紳士的な落ち着きを見せる低いハスキーなもので、優し気な男の色香を感じさせるものだ。いわゆるイケボだ。聞いているだけで恋する乙女の心が判っちまうくらいかっこいい声だ。思わず、兄貴!とか、先輩!とか、そんな返事をしてしまいそうになる。見た目はシーツお化けなのに。

 その声だけを聴いていると、この神様の中身が男なのだろうか。と、想像してしまうが、時おり翻るシーツの裾から見えるのは、謎の美脚。その曲線美は、明らかに女のものだ。

 エジプトの神様の筈なのに、肌はえっちゃ白いんだよ。ついでに言えば、生足だからえっちゃエロイ。

 肉付きはそんな良くねえんだけど、スポーティな引き締まりがある。魔性の艶やかさや大人の色気とかは無いんだけど、健康的な爽やかさとか健全な若さを感じる。

 こんな足の娘がクラスに居たら、その娘の足を見るだけで人生を終わらせてもいい位に、美脚だ。

 総合的に言えば、矢張りこの神様は正体不明で、性別不明だ。イケメンなのか、美女なのか。それが問題だ。いやまあ、どっちにしても美形なのは確定事項なのだが。というか、あの綺麗なおみ足で実は不細工とか、それだけはもう本当に勘弁してもらいたい。

 いや、もしかしたら、間を取って宝塚系なのだろうか?男装の麗人だ。おっぱいの付いたイケメンだ。そうだ。そうに違いない。そうであってほしい。

 何故なら、何度かあの足に踏まれながら鞭で叩かれて、御褒美ありがとうございます女神様!と、メジェド様を崇め称える夢を見たことがあるのだ。その正体が実は男で、不細工だったとしたら、それは想像しただけで死ねる事実だ。というか間違いなく死ぬ。精神が。

 まあ、それはともかく、誤解は解いておかねば。

 俺の顔は、断じてガラスに向かって突っ込んでいくゴリラのような顔じゃあない!鏡に向かって吼えまくる柴犬か、自分の尻尾を追いかける秋田犬だ!

 何?ゴリラよりもヒヒよりもバカになっているだろそれ?気のせいだ!

 オレは熱があるわけでもないし、ましてやバカなゴリラや間抜けなヒヒの様な顔をしている訳じゃないんだ。そうだ!そうに違いない!


「本当に大丈夫か高倉?


 と、オレが深く考え込んでいると、


「ああ、大丈夫ですよ、メジェド様。別に何て言う事もありません。ただ単にメジェド様を見ていたら気になることが出てきたもんで、ちょっと考え事をしていただけっすよ」


 ちなみに、オレが何故目の前の神様に様付けしているかと言えば、本人……本神?からの要望で、どうも神様の世界的には、ため口を叩かれるのはオッケーらしいのだが、呼び捨てにされるのはアウトらしい。何だその線引き。

 もしも呼び捨てにすると、夫々の神の格に応じた神罰を与えるとのことだった。

 太陽神なら、生きながらに焼き尽すとか、川の神なら、洪水を起こすとか、そう言う感じらしい。

 メジェド様の場合は、勿論、目からビームだ。

 いやー、あれは正直ビビったね。何しろ、巨大隕石レベルの大きさのUFOが地球侵略を宣言した瞬間に、ぴーの一音だけで消し炭も残さずに消し去ったんだもん。

 絶対に、永遠に、この神にだけは逆らうまいと決めたもんだ。んだんだ。


「うん?気になる事?それは一体何だい?クフ王がピラミッドを作った時の技術の秘密かい?ツタンカーメンの死の真相かい?未だに隠されたファラオたちの知られざる財宝の在り処かい?私が答えられる範囲でよろしければ、答えてあげよう」


「いや、別にそこまで大したことを考えてたわけじゃないんで。本当に何てことは無いんですし、別に答えられなかったらそれはそれでいいんすけど、メジェド様は念力を使えるんですから、わざわざ食器を使って飯を食う必要って無いんじゃ無いかな〜と思いまして……」


 何か、言っている内にこんなことを聞いていいのか不安になって来たな。

 どうしようこれ。何か、宗教上の理由とか、そんなものがあるのかな?もしもあったらどうしよう。

 殺されるんじゃね?オレ。やばいな、ちょっとは言葉位選べよ。

 オレが思ったことをそのまま言いいながら、遅まきながら心中で冷や汗を思いっきり垂れ流していると、目の前の神様は途端に動きを止めて、黙り込み始めた。ヤッベ、怒らせたか?!


「ふむ。高倉、その質問に答える前にちょっと質問をしても良いか?」


 と思ったが、そうでも無かった。


「ああ、ハイ。質問にもよりますけど、答えられるんなら、答えます」


「ふふ。君のそう言う素直なところが、私は好きだよ。まぁ、難しいかどうかは君次第かな?」


 オレが即答で反応するのを見て、メジェド様は、シーツに描かれた目元を楽しそうに綻ばせた。

 はあ、こうしてキチンと目玉が動くのを見ると、本当にこれって目なんだって思うよねー。

 と、オレがどうでもいいことに感心していると、


「なあ、高倉。例えば君は、たとえ友達と一緒に電車に乗ることがあっても、それが理由で電車の中で騒ぐことは無いだろう?話すときにも、出来るだけ小声になって話すはずだ。それは一体、どうしてだい?」

 

 その質問に、即答で応えようとした俺だったが、ふと考えてみて思わずオレは詰まってしまった。

 別に、理由があってのことでは無いけれど、改めて考えてみるとおかしな話ではある。

 確かに、電車内では騒いではいけません。何てことは、規則で決まっている訳でも無ければ、法的に何ら罰則の有る事でもない。別に騒いだからって注意されるいわれはない。

 じゃあ、何で静かにしてんだ。って話だが、強いて言えばなんとなく。としか言いようがないあの感覚を、今更説明するとなると、返答に窮してしまう。


「……それは、別に大したことでもないっすけど、当たり前だからっすよ。まあ、何つうか、電車のマナーっつうか、常識というか、まあ、そんな感じで……」


 だからつい、神様に対する返答も咄嗟にはこたえきれず、何となく歯に物が挟まった様な、歯切れの悪い、曖昧な言い回しになる。

 まあ、よくわかんねえってことなんだけどよ。何か、何かそう言う感じでもないしなあ。


 だがメジェド様は、オレの途切れ途切れの煮え切らない言葉に対して、これと言って目くじらを立てるわけでもなく、目元だけで優し気な笑みを浮かべて見せると、ふふ。と、小さく笑いながら言う。


「うん。でもね、品性とか、品格と言うのはそう言うものだよ。何を当たり前として、当たり前の事を当たり前としてできるかどうか。

 私としては、念力で直接食べると、まるで手づかみで物を食べているような、そんな、マナー違反を犯しているような後味の悪い気分になるんだ。実際にどうなのかは分らないが、本当に、私としてはそんな気分になる。としか言いようがないんだ。

 それで、どうしても食器を使って食べてしまうんだよ。君にしてみれば奇異に見えることかもしれないが、こればっかりはどうしようもないね。まあ、とは言え、古代の私の信徒からしてみれば、私のしていることの方が理解不能だろうがね」


「ああ、そう言や、古代の人達は食器なんか使ってませんでしたもんね。そりゃあ、神様だって手づかみで飯を食うわ」


「うん。そう言う事。例え神でも、私は現代っ子だからね。今のマナーに合わせてしまうのさ」


 冗談めかしたことを言ってウインクをするメジェド様の姿に、オレもつられて微笑すると、メジェド様と一緒になって目の前の茶碗の中身を舁きこみはじめる。


 そうして、茶碗の中身を口に入れながらもオレは、含蓄のあるメジェド様の言葉に、思わず胸のうちで感心していた。

 やっぱ、姿かたちはおかしくても流石は神だ。深いことを言う。

 品性とは、日常からにじみ出るものか……。

 言われてみればそうだよな。別に人間、普段から常識とか、行儀とかそう言うものって意識しないもんだ。自然に振る舞う行動こそが、人間の本質そのものなんだろうなあ。

 オレはおかずの焼き鮭を噛みしめながら、しみじみとそう思った。


 ああ、ちなみに。

 

 何故、メジェド様が俺のところに来たかというと、地球を侵略している悪い神と戦う為に、オレの心臓を食う為だそうだ。


 つまり、オレはメジェド様の生贄だ。


 ヘルプ。ヘルプミー。



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